戦略的イノベーション創造プログラム (SIP)内閣府が施行する国の科学技術政策のひとつで、将来のSociety5.0の実現に向けて社会的課題の解決や日本の経済、産業競争力にとって重要な課題を設定し、基礎研究から社会実装までを一体として研究開発を推進するものです。総合科学技術・イノベーション会議 (CSTI) の審議に基づき、プログラムディレクターや予算配分をトップダウンで決定しています。2014年度 (平成26年度) に第1期が11課題で開始され、2023年度 (令和5年度) からは第3期 (SIP3) の14課題が進行中です。NII RCMBでは、SIP3の課題の一つ、統合型ヘルスケアシステムの構築に初年度より参加しています。

研究開発の背景と目的

統合型ヘルスケアシステムの構築は、Society 5.0の中核となるサイバー空間とフィジカル空間の高度な融合を医療分野で実現する医療デジタルツインの達成とその活用を目標としています。医療デジタルツインは、

1. 新たな知識の発見
2. 医療現場・患者さんの支援
3. 地域医療

の3つの目的のために健康や医療に関するフィジカルな情報をデジタル空間に移行し、個人や集団の特徴を機械学習で分析、可視化します。ここで扱うフィジカルな情報とは、個人の健康そのものに関わる情報です。

日本の国民皆保険制度は、全ての国民が公的医療保険に加入し、必要な医療を低い自己負担額で誰でも受けることのできるとても優れた医療制度です。この制度のもとでは、全ての国民の医療費請求にかかる診療報酬についてはその記録が保険組合などに集約されます。しかし、その診療の内容、たとえば診療記録 (カルテ) や画像診断、検査などの医療情報は、それぞれの医療機関に分散して保持されます。さらに、その記録フォーマットは医療機関ごとにさまざまで、医療情報の統合や活用は容易ではありません。

このような現状に対応して医療デジタルツインを実現するために、本課題の実施にあたっては5つのサブ課題に分けています。

サブ課題A: 研究開発支援・知識発見ソリューションの開発
サブ課題B: 患者・医療機関支援ソリューションの開発
サブ課題C: 地方自治体・医療介護政策支援ソリューションの開発
サブ課題D: デジタルツインのための先進的医療情報システム基盤の開発
サブ課題E: 大容量医療データ解析基盤技術の開発

サブ課題A、B、Cは事業を、サブ課題D、Eは技術開発を担い、それぞれのサブ課題が密に連携して医療デジタルツインの実現を目指しています。

研究開発の概要

RCMBは、サブ課題Eのひとつ、E-2 大規模医療文書・画像の高精度解析基盤技術の開発に参加しています。これまでの画像を使った医療支援AIは、シングルショットの画像のみから病変などの検出を行っていました。これを、時系列の複数の画像や所見文などの他のモダリティを加えた高次元のものとすることで、より精細で緻密な医療支援を行うAIモデルの作成が可能です。このようなAIモデルは、医療デジタルツインを実現するうえで核となります。E-2は医療文書を扱う言語処理チームと医療画像を扱う画像解析ームにさらに分かれており (サブテーマ)、RCMBは画像解析チーム (サブテーマ2) においてデータと解析の基盤整備を担当しています (サブテーマ2a)。

サブテーマ1: 大規模医療文書の高精度解析基盤技術の開発
1a. 医療言語モデル構築技術の開発
1b. 大規模医療文書構造化技術の開発
1c. 大規模医療文書要約技術の開発

サブテーマ2: 大規模医療画像の高精度解析基盤技術の開発
2a. 医療画像に基づく経時変化解析のための学習データセット整備技術
2b. 病変部の自動認識・追跡・計測
2c. 医療画像・所見文融合モデル研究

サブテーマ2は、時間をおいて撮影した医療画像から経時変化を解析、検出する技術の研究開発を目標としています。さらに、所見文を自然言語処理によって構造化し、画像と所見文を融合したモデルを構築します。このような融合モデルを利用すれば、病変の経時変化を数値や文章で表現することが可能となり、画像診断に携わる読影医や臨床医の負担を軽減する医療AIを作ることができます。

SIP3 E-2 Lung CT and Findings 付図説明 – 時間をおいて撮影した肺のX線CT画像を解析し、病変部の時系列変化を捉えるAIモデルを作成する。さらに、画像に付随する所見文を解析、構造化し、病変の経時変化と合わせて融合モデルを構築する。このような多次元モデルを可能とする学習データの収集や格納、解析する基盤を整備、運用する。

固形がんの治療効果を判定する評価基準にRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) があります。治療開始前にX線CT画像などで腫瘍の大きさなどを計測し、治療経過中の腫瘍の大きさの変化などを経時的に追跡します。腫瘍病変を自動で認識し、その経時変化を大きさの数値や所見文で出力できる融合モデルは、RECISTを支援する強力なツールとなる可能性があります。

SIP3 E-2 Lung RECIST 付図説明 – 肺のX線CT画像を解析し、病変部を自動で認識する。腫瘍の大きさを経時的に計測して数値で出力し、さらに病変部に関する所見を提示することで、RECISTを支援する。

E-2の詳細な研究体制や内容、成果については、E-2のウェブページ E-2 大規模医療文書・画像の高精度解析基盤技術の開発 (https://sites.google.com/nii.ac.jp/sip3e-2/) をご覧ください。

Update

令和5年度補正予算の措置により、SIP3「統合型ヘルスケアシステムの構築における生成AIの活用 (生成AI課題)」が2025年度 (令和6年度) に実施されました。これは、大規模言語モデル (LLM) に代表される生成AIの急速な進展と普及に鑑み、日本語による医療LLMの整備と、画像等の言語以外のモダリティをLLMと組み合わせた大規模マルチモーダルモデル (LMM) の研究開発を迅速に進めることを目的としていました。

補正予算措置の終了にともない、この生成AI課題のいくつかの研究テーマが継続課題として本課題に収載されました。2025年度より、E-2には二つのサブテーマ (サブテーマ3、4) が新たに加わりました。

サブテーマ1: 大規模医療文書の高精度解析基盤技術の開発
サブテーマ2: 大規模医療画像の高精度解析基盤技術の開発
サブテーマ3: LLM/LMMを用いた包括的な画像診断のレポーティング支援システムの構築
サブテーマ4: 医療LLM/LMM利活用を促進する医療データ基盤開発と運用

First published on 4 July 2025
Updated on 7 July 2025