言語研究論文集

小山 照夫
国立情報学研究所
t_koyama@nii.ac.jp

本ページの説明

 このページは、言語に関する考察を論文の形でまとめた文書へのリンク集である。現在登録されている論文は次のものとなっている。

1. 言語と人間本文へのリンク

 人間の言語、特にその起源と、人間の認識及び行動に対する影響については未だに十分な検討が進められてきたとは言えない。この論文ではまず、行動 する動物を前提とした上で、言語の起源として、1.動物の前言語的構造、2.人間の特徴的な身体構造と共同作業の発見、を仮定し、言語の成立と発展に関す る試論を紹介する。次いで、言語の成立によって人間の世界了解構造がどのような影響をこうむるかを考察した後、言語を獲得した結果として、人間と人間の社 会にどのような変化が生じたか、及び人間にとって言語使用とはどのような意味を持つかについて考察を述べたものである。

2. 言語と人間行動本文へのリンク

 言語は本来は外部に情報を伝達するためのものであるが、言語を操作するための内部構造が人間の情報処理構造に影響を及ぼす。この論文では、動物行 動の基本にplan-do-see構造が存在すると仮定し、言語を処理する内部構造が、plan-do-see構造にどのような影響を及ぼすかを考察す る。言語の特徴を言語記号と文法であると考え、これらが人間の認知と行動にどのような影響を与えるかを論じ、因果関係や尺度の外部化についても検討する。 また、人間の行動計画作成(plan)では、フィクション構成能力が大きな役割を果たしていることを指摘し、その意味論を行動に与える影響の側面から論じ る。

3. 人間行動と欲望本文へのリンク

 人間の行動は、必ずその目的を持っている。動物の場合は利己遺伝子によってほとんどの行動を説明できると考えられるが、人間の場合はこれに加えて 社会的要因も考慮する必要がある。人間は行動に当たって一般に周囲の社会からの承認を必要とするが、承認が得られるかどうかはその社会において占める位置 に依存する。人間では、社会的位置を示す情報としての各種記号を獲得することが行動の背景に存在していることに関連して、社会的要因を構成する諸問題につ いて考察する。

4. 感覚と言語本文へのリンク

 言語はその起源からすると感覚に依存している。しかしながら言語記号の同一性は、感覚とは異なったレベルで、言語に固有な情報処理の可能性をもたらすことになる。感覚から独立した形での言語レベルでの情報処理は、動物とは異なる形での人間活動を可能にしている。

5. 物語の意味論本文へのリンク

 従来の分析哲学の立場からは、虚構としての物語について十分に検討されてきたとは言えない。しかし、物語は人間社会の言語使用の中で一定の使用価値を持っているし、一方で現実を記述していると一般に信じられている情報にも、虚構と区別のつかないものが存在する。
 この論文では複数の物語群からなる情報を主体が認識し、それぞれの物語の間の整合性を評価しながら、物語の利用と、現実としての状況認識および行動決定を行っているというモデルを想定して、物語の意味論について検討する。

 言語はその起源からすると感覚に依存している。しかしながら言語記号の同一性は、感覚とは異なったレベルで、言語に固有な情報処理の可能性をもたらすことになる。感覚から独立した形での言語レベルでの情報処理は、動物とは異なる形での人間活動を可能にしている。

6. 必然性と可能性本文へのリンク

 必然性と可能性は、動物行動の立場からはともになくてはならない概念である。言語の視点からは、主体が世界を把握するための規約、特に世界モデル を構成する諸言明から論理規約に基づいて導かれる必然性と可能性がある。一方で、言語規約の上での必然性は、必ずしも実世界での必然性ではない。
 この論文では必然性と可能性に関わる言語規約について考察し、規約から導かれる必然性と可能性について論じた後、実世界との比較によって規約が動的に変更されていくプロセスについて論じる。

7. 存在と言語本文へのリンク

 存在論は古代ギリシャ哲学以来、哲学上の重要な問題として扱われてきた。伝統的な立場からは、この問題は存在者が自体的に何であるかの問題である とされてきたが、行動する主体の立場からは、むしろ存在者のどの属性がどのような欲望と関連するかの問題と考えることができる。
 この論文では存在者の意味は主体の欲望との関わりであるという視点から、言語がこの問題を複雑かつ、多様なものとする問題について論じる。

8. 欲望の社会性本文へのリンク

 人間は群れとしての社会を構成する動物であり、個体にとって可能な行動は社会の中での個体の位置に依存している。人間社会は、言語の存在、およびその帰結としての生産体制の存在によって、他の動物と比較すると格段に複雑な構造を持っている。
 この論文では複雑な構造を持つ社会が、どのような形で個体の欲望に関係してくるか、個体はその基本的欲望と、そこから派生する社会的欲望とを満たすためにどのような行動を取ることになるかについて考察する。

9. 主体と理解本文へのリンク

 人間は欲望達成のために世界に対して行動する主体である。主体の行動が有効なものであるためには、世界の状況を把握するとともにその状態の推移に 関する予測ができなければならない。このことは体験を通じて可能となるが、言語記述された情報に触れることも一種の体験である。
 この論文では全般的な感覚体験による世界モデルの構築について述べるとともに、言語情報に触れる体験の特性、特に可能性の記述と言語使用の社会性とその意義について考察する。

10. 言語記述の意味と知識本文へのリンク

 人間は言語記述の提示によって意味を持つ情報を伝達できると信じているし、また言語記述と認められる情報を提示されたとき、そこに意味が読み取れると期待する。ここで言語記述に意味を対応させるのは、受け手の持つ知識である。
 この論文では言語記述に意味を与える知識について、そのいくつかの側面を検討し、人間の知識と記述の関係ならびに知識処理のありかたについて考察する。

11. 言葉と行動本文へのリンク

 言語記述の送り手は、自身の欲望達成に有利な行動を受け手に取らせることを期待して記述の定義を行う。すると問題は受け手の側では提示された記述に対してどのような処理が行われて、どのような行動を起こすことになるかである。
 この論文では言語記述の特徴について再度整理した上で、受け手が記述に対してどのような処理を行って世界の状況認識と結びつけ、行動を決定するのかについて考察する。

12. 思考と言語本文へのリンク

 思考は言語操作であると考えられている。言語操作の目的ががその記述の受け手に行動を起こさせることであるなら、思考も思考する主体に行動を起こさせる事が目的となるであろう。
 この論文では思考の中で用いられる言語記述が主体行動とどのように関係付けられるかを、身体感覚としての五感や運動感覚という視点から検討した結果について述べる。

13. 行動について本文へのリンク

 言語使用を含む行動一般について、その構造を再検討するとともに、行動を基礎づける身体活動の分類を試みる。また、行動全般について学習可能性について考察する。
 この論文では言語使用を含めて、人間の行動は何であるかについての解明を試みる。いわゆる行動と呼ばれるものを、身体活動とその帰結とに分解して考える とともに、活動の分類とその相互関係について考察し、欲望との関連において行動全般の学習可能性について考察している。この考察の結果として、行動は一般 に個人的なものであることを論じ、私的言語の可能性に関する考察を述べる。

14. 分業/言語とヒトの幼形成熟(ネオテニー)本文へのリンク

 言語の発生にあたっては分業の成立が大きな要因となっている。分業が成立するためには、利他的な行動が必要となると考えられるのだが、動物一般に広く見られる行動とは言えない。
 この論文では、利他的行動を可能とする要因として、ヒトの幼形成熟に見られる成体の遊びを取り上げ、遊びの背景にある要因の考察から、ヒトにおいて利他的行動が発生しうる背景を推定し、分業と言語の成立条件を明かにすることを試みる。

15. 言語・行動・社会本文へのリンク

 言語は人間行動と深い関わりを持っている。一方、言語記述がどのようにして具体的な事実や行動と結びつくことができるのかは、実は明らかとは言えない。また、そもそも行動は何のために、何を目標として行われるのかも、十分に明かになっているとは言えない。
 この論文では、言語と現実世界の具体的事象や行動との関係が、人間の内部認知構造が言語記述と現実世界を結びつけると仮定したとき、どのような解釈が可 能となるかを論じる。また、人間行動の原理を欲望達成としたとき、人間行動を制約する社会的関係がどのような効果を及ぼし、どのように欲望構造に関係して くるかを論じる

16. 行動と世界認識本文へのリンク

 動物が欲望達成のために行動するに当たって、行動を起こす世界の状況を把握し、その将来の推移と、行動が与えることができると予想される効果につ いての認識が必要である。この認識は感覚器を通じての感覚情報や、外部からもたらされる言語情報に加えて、世界の出来事の間に成立すると信じている法則の 適用にも依存する。法則の成立のためには、世界の事物の抽象化ないしはクラス化が必要となるがこれがどのようにして可能となるかは必ずしも自明ではない。
 この論文では、感覚器官からの情報に加えて、身体の運動に伴う感覚/感情や、外部の対象との間に成立する相互作用に伴う感覚/感情を考慮に入れることに より、クラスの成立に関するヒントが得られないかを考察する。また、世界の状況が部分的な出来事が相互に影響しあって成り立っているという確信の背景と、 言語記述との関係についても考察する。

17. 思考について本文へのリンク

 我々は日常何気なく「意識」や「思考」という言葉を用いて特に疑問を感じることはない。しかし改めてこれらがどのような事態を表しているのかを考えるなら、それは決して自明なこととは言えない。
 この論文では、動物行動が、動物の持つ欲望達し状況への期待と状況認識から、行動決定を行うプロセスを神経回路の結合状況変化とそれに伴う情動との視点 から考察し、人間におけるこのプロセス内での言語のあり方と関連付けることにより、意識や思考の実体に関する考察を試みる。

18. 知能と言語本文へのリンク

 人間はどのようにして言語を使用するようになったのか。この問題について完全な説明が可能であるとは期待できないかもしれない。しかし言語の起源について、また、言語使用の背景となる人間の知的能力について、そこに存在する様々な疑問を明らかにするとともに、関連するいくつかの問題を考察することにはやはり意味があるのではないだろうか。
 以下では人間の知的能力と、その能力が人間相互の関係に影響を及ぼす手段として利用する、言語の起源について、いくつかの仮設に基づいて考察する。最初に、言語使用の前提となる人間の知的行動能力、すなわち知能について、これまで見過ごされてきたと思われるいくつかの問題を考察し、次いで言語の起源と言語を持つことの効果について、いくつかの仮設に基づいた考察を述べる。

19. 追記

論文の概要

1. 言語と人間

前言語的構造について

 まず第一に、動物の身体構造は時空構造及び矛盾率に基づく世界了解を可能とする基本構造であることを示す。次に、快楽原則を賞罰の基本として、行 動可能な世界の構造を学習することを示す。最後に、類似性による抽象構造が学習でき、これに基づいて行動の結果を予測できること、予測に基づいてより効果 的な行動を選択できるようになることを示す。

言語の成立について

 感覚的類似性に基づく抽象構造を前提とし、言語記号と文法が導入されることにより、言語が成立することになる。言語が成立し、発展するためには、言語の使用によって可能となる人間にとって有利な行動様式が存在するはずである。
 この行動様式を「共同作業」と仮定することにより、言語の成立と高度発達が可能となることを考察する。言語を用いた共同作業が可能となる前提となる、人 間に特徴的な身体構造として、第一に人間が多様な音声を構成でき、高度に分節した言語記号体系を構築できること、第二に両手の使用により、多様な作業が可 能であることが重要である。

言語獲得の結果としての人間の認識構造

 言語記号と文法の成立は、人間の世界了解構造を大きく変質させる。世界の抽象化にあたり、感覚的類似性は言語記号の効果によって、部分的に同一性 外延集合に置き換えられることとなる。同一性外延集合の成立は、感覚に依存しない対象の想定を可能とするものであり、文法構造と結びつくことにより、物語 構成能力の基礎となる。この能力は長期的な予測と計画を可能とすると同時に、生産活動や科学的仮説構築の基礎ともなるものである。
 同一性集合を時間軸上に展開すると、再帰的構造が得られるが、これは無限概念の基礎となるものであり、同一性集合の集合論的性格とあいまって、数学的構造を可能とする。

言語使用の様々な側面

 共同作業の円滑化に始まった言語使用は、そもそもは語り手が受け手に、語り手の望む行動を引き起こすところにその目的がある。言語研究ではpragmaticsをより重視した研究の展開が望まれる。
 言語は一つには生産活動を可能にすること、また一つには行動する主体というものを意識させることにより、人間社会に複雑な構造を持ち込む。結果として言 語使用その物も複雑な様相を取ることになる。将来の言語研究では、社会の中で、社会の承認を意識しながら言語を使用する人間という視点からの意味論と語用 論の検討が重要となる。

2. 言語と人間行動

行動とplan-do-see構造

 動物一般が効率的行動をするためにplan-do-see構造が重要であることを述べ、人間の場合には感覚的類似性に加えて言語操作構造が関与してくることを示す。

言語操作構造の効果

 言語は言語記号の使用と文法を特徴とする。言語が使用できるということは記号と文法を操作する構造が内部的に存在していることを示すが、この構造 はまた、plan-do-seeの操作にも影響を与える。言語操作構造が人間の認知と行動決定にどのような影響を及ぼしているかを論じる。特に、主体の観 念と結びついた因果律と法則性の想定の重要性を指摘する。

フィクションの重要性

 言語操作構造が介入することにより、特にplanに関して非常に大きな自由度が生まれる。このことにより、フィクションとも言えるplanの策定 が可能となるが、これは新しい行動様式を獲得する上で重要な能力ともなりうる。フィクションに関する意味論は、これまであまり議論されていなかったが、言 説が行動に及ぼしうる影響という形での意味論が必要となる。

尺度の外在化と理論構築の可能性

 言語とその目的である共同作業が高度化すると、世界に関わる尺度として、身体性以外の、個体間で共通に適用できる外部尺度が必要となる。尺度が外在化されることにより、理論の客観的検証可能性が生じることになる。

3. 人間行動と欲望

行動の背景にある原則

 動物の行動の背景には、基本的に利己遺伝子が存在する。人間も動物の一種として、利己遺伝子に関わる行動原則を持つが、それ以上に社会的要因に支配される。

行動原理としての社会的要因

 人間の行動は、周囲の社会の承認を必要とする。人間に社会の中でどのような行動が許されているかは、社会の中での個体の位置によって決定され、位置その物は個体の持つ情報としての各種記号によって示される。このため記号獲得が欲望の一つとして重要となる。

社会構造の歴史

 記号価値を決定する社会構造は、生産活動出現以来の人間の歴史によって決定されている。農業生産を基礎とする古代国家から、資本主義生産を中心とする現代へと社会構造も変遷している。

資本主義生産体制の限界

 無限成長を前提とする資本主義生産体制は、長期的には維持することが不可能である。代替的生産体制の可能性について論じる。

4. 感覚と言語

感覚と言語の関係

 幼児が最初に言語に触れるとき、言語情報は感覚を通じて与えられる。感覚としての言語は、その他の感覚情報とともに、分節化され、相互に関連付けられるが、自ら発話しようとする試みが言語記号の同一化をもたらす。
 一方、言語記述の制約から、言語で記述された情報は、感覚と一定の関係を持ちながら、異なる、ある程度独立したレベルでの処理を可能とする。

言語レベルでの推論

 言語記号の同一性と文法構造は、感覚レベルとは異なる形での推論を可能とする。特に多段階推論が自由に行えるようになることは重要な特徴となる。

言語と人間行動

 多段階推論が可能となることにより、人間は複雑な行動を計画することが可能となる。特に長期にわたる間接行動の計画を行うことにより、生産行動が可能となる。
 また、抽象概念や理念の操作が可能となることにより、数学や物理をはじめとする、様々な形での理論構築も可能となる。

5. 物語の意味論

物語としての情報

 分析哲学の立場からは、虚構というものについて十分に検討されていない。しかし、たとえ虚構であっても物語が人間の言語使用の中で一定の役割を果 たしていること、また、主体が事実と信じる情報の中にも、ある意味で虚構と考えた方が良いものが入り込んでくることから、虚構と現実の関係について検討す る必要がある。

物語集合のモデル

 物語の意味論を考察するにあたり、現実と考えている情報も含め、関連するテキスト群をまとめた形での物語が多数存在しており、主体はこれらの物語 の間の整合性を、メタレベルで常に監視しているというモデルを想定する。このモデルに基づいて、虚構の取扱い、現実状況の判断とその時間変化、発想の問題 を検討する。

否定言明の考察

 物語集合モデルに基づいて、存在否定言明は特定の物語に対してメタレベル言明となっていること、また、否定言明全般について、単なる記述である場合と、部分的な物語に対してメタ言明になっている場合が存在することを考察する。

6. 必然性と可能性

必然性と可能性の重要さ

 行動する主体にとって世界の必然性と可能性はともに重要な概念となる。世界に必然とみなされる事態が存在しなければ、そもそも行動の価値を予測することはできないし、一方で可能性というものが存在しなければ行動する意味がそもそもないことになる。

言語記述のための言語規約

 言語に関して言語によって議論するためには、言語のモデルとしての規約が重要である。言語規約として、文法規約、辞書規約、論理規約、世界モデル規約について考察する。

言語規約と実世界の対応

 言語規約は実世界と完全な一致で定義するわけにはいかない。体験の中で言語規約と矛盾する感覚像が与えられた場合、感覚像に対する解釈を変更するか、言語規約を修正するかが求められることになる。言語規約は体験を積むことによって動的に変化するものである。

7. 存在と言語

存在者の意味

 古典的な存在論では、存在とは存在者が自体的に何であるかを明かにすることであるという形で問題設定がなされてきた。しかし、欲望達成のために行 動する動物という視点からは、むしろ存在者の属性がどのような欲望と関わりを持つかが重要であり、存在者の意味も欲望と欲望達成行動との関わりとして考え ることができるであろう。

言語による存在者の意味

 欲望との関連では、存在者の属性が欲望の対象になる、欲望達成の手段となる、欲望達成の障害となることが第一義的に重要であり、ついでこれらの対 象/手段/障害を指示する記号となることが重要である。ここで言語の効果により、言語記号で指示される存在者の抽象集合、現前しない存在者に関する議論の 可能性、言語を担う音韻や文字のレベルでの類似性に基づく類推などが、存在者が関わる可能性のある欲望と行動とを拡大することになる。このことが人間に とって存在者の意味を極度に複雑なものとする効果をもたらす。

HeideggerのEsとFreudのEs

 存在者の意味が欲望と欲望達成行動にその基礎を持つなら、後期Heideggerが"Es gibt Sein"および"Es gibt Zeit"という形で用いたEsとFreudの用いたEsとは、結局は異なったものではないことになる。

8. 欲望の社会性

群の中の個体の行動

 動物の個体はその基本的欲望としての利己遺伝子保存のための行動を必要とする。しかし、群を作る動物の場合、群の中での個体の相対的位置によっ て、群から承認される行動の範囲が制約されるため、群の中の位置を確保することが欲望の対象となり、位置を確保するための行動が必要となる。

社会的位置を決定する要因

 人間社会は複雑に関連する複数の集団から成り立っており、一つの個体は一般にその内の複数の集団に属する。各集団はそれぞれ特定の価値観を持って おり、価値観に即した属性を持つ個体はより広い行動を承認されることになる。個体は現在属している集団内でより有利な位置を目指すが、一方で複数集団の価 値観の間でのバランスを取ることも必要となる。さらには、帰属している集団では許されない行動の自由を求めて新しい集団への参加を試みる。

行動を承認する小規模集団

 個体が実際に行動を起こそうとするとき、多くの場合にはその周囲に、行動を承認してくれると期待される他者を見つけようとする。集団の中の行動も、周囲にその承認を確認できる他者がいて、始めて有効なものとなる。

9. 主体と理解

世界に働きかける主体

 主体とは、自身の身体と外部世界を区別し、欲望を持って外部世界に働きかける存在である。世界に対する働きかけとしての行動が有効なものであるためには、世界の状況把握とその状態推移に関する推論ができなければならない。

体験からの世界モデル獲得

 主体の身体は誕生以来その感覚と行動とによって外部世界との交渉を持っている。主体は類似体験を繰り返すことにより、外部世界の状況を把握し、そ の変化に関する予測を行うことが出きるようになるが、世界の状況予測を難しくする要因の一つが他の主体、すなわち他者の存在である。他者に囲まれた主体 は、社会性を含めた世界の把握と事態推移の予測を行う必要がある。

体験としての言語情報

 主体が言語情報に触れることは、それ事態が一種の体験である。一方言語記述は、その記号的性質、記述の部分性、発話と理解の社会性などの特徴を持 つ。ここでは平叙文に限定した上で、言語記述に触れる体験の特殊性を、言語記述から得られる世界の可能性評価と言語使用の社会性がもたらす効果を中心に考 察する。

10. 言語記述の意味と知識

受け手から見た言語記述の意味

 言語記述の受け手が平叙文としての形式を持つ言語記述を与えられたとき、受け手は記述をどこかの世界の事態と対応させることを試みる。この対応付 けに当たっては該当する世界に関する知識が必要であるが、この知識を適用することにより、記述に陽に現れない事態の側面まで推定できる場合がある。また、 文脈知識はさらに異なった意味で事態の詳細を決定させることがある。

記述の共通意味

 言語記述の意味に受け手の知識が関係してくるとすれば、意味は受け手ごとの個人的なものとなるように思われるのだが、一方で受け手に依存しない記述の意味を問題にする場合がある。共通意味を問題にする背景について考察する。

知識の記述可能性と知識処理

 記述の意味を決定するに当たって知識は不可欠な問題となるが、知識の中には言語記述が困難なものが存在する。記述困難な知識の存在を前提とした場合に、知識処理システムを構築するための方法論について論じる。

11. 言葉と行動

受け手の行動から見た言語記述

 言語記述の送り手は、その欲望達成に都合の良い行動を受け手に実行させるために言語記述の提示を行う。ここで問題は受け手の側ではどのようなプロ セスが働いて提示された言語記述を実行動に結びつけているのかである。受け手は与えられた言語記述によって、行動可能世界の状況に関する認識を変更し、新 しい認識状況の下で自身の欲望達成に最適な行動を選択しようとする。問題は言語記述をいかにして世界状況と結びつけるかである。

情報としての言語の特徴

 言語記述には、受け手が直接感覚できない事態を記述できること、記述する事態に対して記述その物は限定された内容しか伝達できないという特徴があ る。感覚できない事態であるということは、事態がどのような世界に属するか、記述はその世界に対して実際に成立しているかを決定する必要がある。また記述 が不完全であるということは受け手の知識によって詳細を補足する必要があることを意味する。帰属世界の決定と詳細の補足は、しばしば一義的には定まらず、 可能性として把握するしかない。受け手は実行動を通じて確からしい世界状況を判断し、行動を修正していく。

言語記述からの事態の再構成と行動

 記述される事態が属する世界の決定と詳細の補足にあたっては、送り手の意図の推定が重要な問題となる。送り手に関する受け手の知識、また、両者が 共通に属する社会の特性から送り手の意図推定が行われ、世界状況の把握が試みられる。この時、両者が友好的関係にあるのか敵対的関係にあるのかなど、社会 的関係が重要な要素となってくる。

12. 思考と言語

主体の行動決定のための思考

 思考は一般に、主体の内部で行われる、言語を使用するプロセスであると考えられている。思考が言語使用であるなら、その目的は記述の受け手である 主体自身に行動を起こさせることである。思考を除けば行動自体は言語使用ではないから、思考というプロセスがどのように行動と結びつくかが問題となる。こ こでは身体感覚との関係を考察する必要がある。

行動を決定するための条件

 主体がその行動を決定するには、現状を把握し、今後どのような事態が生じて状況がどのように推移するかを予測した上で、自身にどのような行動が可 能であり、それぞれの行動を採った場合、どのような帰結が生じるかを予測できなければならない。その上で、主体の欲望達成に有利な結果を生じると期待でき る行動を選択することになる。

言語的情報操作と身体的情報操作

 行動決定のために必要とされる現状把握や将来予測、行動決定について、言語的操作だけではなく、身体感覚としての五感や運動感覚といった情報の操 作が重要である。言語操作はその広範な自由度から、特に幅広い予測を可能とするが、一方では現状把握や予測の正当性検証に問題を残す。状況認識の検証のた め、また行動計画の実行可能性判断のため、言語情報だけではなく、感覚に基づく情報操作が重要となる。

13. 行動について

行動の構造に関する考察

 一般に行動と考えれてているものは、実際には複雑な要素から成り立っている。行動について考察する上で、行動を身体活動とその帰結とに分類し、さ らに活動を内的なものと外的なものとに分類する。外的なものはさらに物理的効果を持つものと、情報発信効果を持つものとに分類できる。この分類に基づいて 実際の行動の持つ構造として、状況把握と状況推移予測に基づく身体活動選択について考察する。

行動の学習可能性

 行動の要素としての外的な身体活動を選択することにより、実際の状況変化としての帰結が生じる。この帰結と事前に予測した帰結とを比較し、欲望の 達成度を評価することにより、事前の予測がどの程度正しかったか、また、欲望の評価がどの程度妥当であったのかが明かになる。事前評価が不十分だった場 合、それを修正する形で学習が行われると考えられる。

行動の個人性

 行動結果の評価は行為者の置かれている社会的位置に依存するため、学習される行動は基本的には個人的なものである。しかし一方で欲望はその多くが 社会的なものであり、このことから行為者は私的活動を社会的に行うこととなる。このことから言語使用についても、言語使用者は言語を社会的な形で私的に使 用すると考えられる。

14. 分業/言語とヒトの幼形成熟(ネオテニー)

ヒトにおける分業の可能性について

 分業は言語を発達させる上で重要な要因となっていることが推定されるが、分業には一時的に利他的行動を行うという側面がある。一般に利他的行動は動物の行動様式としては見られないものであり、ヒトに限ってこれが可能となる背景を明らかにする必要がある。

ヒトの幼形成熟と遊びからみた利他的行為

 動物としてみたヒトの特徴として幼形成熟がしばしば指摘される。幼形成熟では、成体になってからも遊びが継続するという特徴がある。遊びという行 為の中では、行動の結果としての直接的な生活上のメリットは追求する必要はない。このことは、偶然の結果となるかもしれないが、一時的に利他的行為が成立 する可能性を表している。もしこの延長上に、利他的行為の結果得られた利益の配分や役割交代などが生じるならば、利他的行為の中には結果として参加者の多 くに利益をもたらすものもあることが認識されるであろう。成体に遊びの可能性のあるヒトでは、分業が発生する可能性があると言える。

15. 言語・行動・社会

言語記述と現実世界の具体的事象、行動との関連付け

 言語記述は世界のいかなる具体的事象とも、また実際の行動とも類似性を持たない。また、言語記述は本質的に類レベルの記述であって、個物を直接に 指示することはできない。このような言語記述がなぜ世界の具体的事象と対応付けられ、行動と関連を持つのかに関して、動物の持つ学習機能から動物も抽象的 情報としての内部認知構造を持つことを想定し、この構造を介して関連付けが行われている可能性について考察する。

人間行動の目的と社会性が行動に与える影響

 人間はなぜ行動するのか、その本来の目的を考えるならば、それは原初的欲望の達成であると言える。しかしながらこれだけでは人間がその社会の中で 示す多様な行動を説明することは難しい。ここでは行動実行に当たっての媒介となる対象、人間社会が個々の人間行動に与える制約、分業の中で、侍観的同期を とるための約束と、不定時間先の未来に起こすべき行動の認識という要素を取り上げ、人間行動にどのように影響するかを議論する。