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【キーワード】アメリカ著作権法,政府情報,情報資源管理
【Key Words】U.S. Copyright Law, Government Information, Information Resources Management
日本の現行著作権法第13条によれば,政府機関による著作物のうち次のようなものが著作権の保護の対象から外れると規定されている。
1)法令これ以外の,自書や報告書など,より広い範囲の政府による著作物は,著作権による保護の対象となる。なお,著作権法第12条により,上記のうち4)の「編集物」にはデータベースは含まれないことに注意されたい。つまり,政府機関が作成した法令・判例等のデータベースは著作権により保護されることになる1。
2)国・地方公共団体の機関,または独立行政法人が発する告示,訓令,通達等
3)裁判所の判決等
4)前三者の翻訳や編集物で,政府機関ないし独立行政法人が作成するもの
このように,日本では政府による著作物のうち著作権で保護されない対象が狭く規定されていることは,「龍渓書舎事件」をめぐる判例によっても裏付けられている2。これは,大蔵省傘下の調査会が旧植民地の資産状況をまとめた『日本人の海外活動に関する 歴史的調査』(発行主体は大蔵省管理局,1949年刊)を1973年に民間出版社(龍渓書舎)が復刻出版しようとしたところ,大蔵省が当該著作について“国が著作権を保有する”と主張し復刻版の発行差し止めを求めた事件である。東京高裁判決においては,当該著作物は“政府部内の執務資料であり,一般に公示して周知させるべき性質の著作物ではない”(強調は引用者)ため,学術的な著作物として著作権による保護対象となる,と判断された。しかし,一審から上告審に至るまで,裁判所はこの事件をめぐって,学問の自由や「知る権利」の観点から政府機関が著作権を保有すること自体が正当かどうかという点については判断を行わなかった3。
こうした政府による著作物の著作権法上での取扱いは,政府情報へのアクセスやその利用の妨げになるのではないか,との議論が,日本でも法学やそれ以外の領域で成されている4。さらに,立法論としてアメリカのように政府著作物を著作権の保護対象から外すべきだ,との意見が日本でも近年見られるようになった5。つまり,そこではアメリカ著作権法第105条(17 U.S.C. §105)に掲げられた,以下のような規定が引き合いに出されている6。
本法における著作権の保護は,合衆国政府のあらゆる著作物に対して適用されない。ただし,合衆国政府が譲渡,遺贈,その他によって移転された著作権を 受け取り,かつこれを保持することについて,それができなくなるわけではない。しかし,日本においてはこれまでこの規定,ならびに関連する判例等について,詳細な検討が行われてこなかった。
そこで,本論文は,政府著作物を広く著作権の保護対象外とするアメリカの法制度について,その歴史的経過および現行の規定を確認する。その上で,判例や学説などからそれを支える論理を分析し,日本における政府情報の流通・利用体制の設計に向けて示唆を与えることをねらいとする。特に,「電子政府の構築」という名の下で,ネットワーク上に政府情報を盛んに流通させることが政策として積極的に推進されている日本の現状においては,こうした政府情報をいかに活用させるかもあわせて検討される必要がある。本論文は政府情報と著作権との関係に焦点を当て,政府情報の利用促進に向けて議論の素材を提供するものである。
なお,本論文で扱う「政府情報(government information)」とは,政府による著作物(works)のうち,一般の人々が「情報」に含まれる内容を直接見て理解できるものに限定する。具体的には,本,ウェブサイト,CD−ROM,データベースといった 形態をとるものとしたい。政府による著作物を広く捉えればソフトウェアもその範疇に入り,現にアメリカでは政府が保有するソフトウェアは著作権による保護対象となるか否か,あるいは保護対象となることが望ましいか否か,についての議論がある7。しかし,本論文において政府保有のソフトウェアをも議論の対象にしてしまうと,政府保有のものに限られないソフトウェア全般を著作権による保護対象にすることが望ましいか否かという点も含め,議論が拡散してしまうおそれがある。そこで,本論文では議論の対象を上に述べたような「政府情報」に限定し,これと著作権との関係について考察することとしたい。もっとも,以下の記述では文脈に応じて「政府情報」と「政府著作物」とを使い分けていることをお断りしておきたい。特に,法律・判例や政府文書等で「政府著作物」という表記が成されている場合は,それをそのまま用いている。
19世紀に入ると,合衆国連邦最高裁において,政府著作物と著作権との関係について,特に法律に関する情報に著作権が認められるか否かについて判例が出されている。1834年のWheaton判例9は,連邦最高裁ではじめての著作権に関する審理だが,これは判例集をめぐる事例であった。すなわち,連邦最高裁の判例編集人(reporter)たるPetersが,前任者のWheatonの執筆分も含めた判例集をWheatonに無断で出版したことに対し,Wheatonが訴えを起こしたのである。最高裁の判決では,出版物を複製し販売する権利は,完全に連邦議会が作り出した権利であり,出版された著作物については,著作者は自然権として著作権を得ているわけではないと判示した。また,判決は傍論として“当裁判所(連邦最高裁)によって書かれた意見(opinion)に対して判例編集人は著作権を主張できない。また裁判官は判例編集人に対して著作権を譲渡できない”と述べている。こうして判例のレベルでは,政府著作物のうち「裁判所の意見」について著作権が認められないと判断されたが,この点についてWheaton判例で理由付けは成されなかった。
その後の連邦最高裁の判例では,「裁判所の意見」を含めた法律に関する情報に著作権が認められない理由を明示したものが現れている。まず,1888年のBanks判例10は,オハイオ州最高裁の判例集について判例編集人による著作権保有の主張を退け,判例編集人の著作権を認めるオハイオ州法を無効化した。この事例では当該判例集に著作権が認められないことについて,“合衆国憲法に基づき連邦議会が定めた範囲を超えて著作権を主張することはできない”と述べた上で,以下のような理由づけを示している。
一方,Banks判例からまもなく出された,イリノイ州最高裁の判例集をめぐるCallaghan判例11 においては,単に“法は個人の所有物となり得ない”という論理の下で,判例集のうち編集人が “知的労働の成果”として付加価値をつけた部分以外が著作権の保護対象から外れる,と判示している。
GPO長官(Public Printer)は,[連邦議会の上・下院から成る−引用者注]合同 印刷委員会(Joint Committee on Printing: JCP)の規制の下で,政府出版物 (Government Publication)を刊行するための原版のうち余剰分を,誰でも希望 する者に対して売却できる。その価格は,政府のためにかかった原版作成および金属 の費用,ないしその費用に10%分を加えたものを超えないものとする。...そして,そ うした原版から再印刷された出版物,およびその他の政府出版物に対しては,著作権 が適用されない。このように,印刷法という実定法によって,著作権が適用されない対象が広く「政府 出版物」全体にわたると定められたのである。
なお,1895年印刷法をめぐる背景としては,以下のような事実がある13。もともとは 1893年にJCPメンバーのJames D. Richardson下院議員が,政府出版物の原版の余剰 分が私人に売却されるのを可能にするよう提案したが,これに乗じて他の議員から“原 版から再印刷された出版物,およびその他の政府出版物に対しては,著作権が適用され ない”旨を定めるよう提案が成された。これらの提案について,Nelson Dingley下院 議員は次のような議論を展開している14。
我が国の中に[政府の]出版物がより手に入ればよいと望む者がいるとすれ ば,著作権を付与しないという条件で[外部の]出版者にその原版を売却し, その出版者が低価格で当該出版物を公衆に流通させるのを認めることに対する 反対はありえないはずだ。なぜ低価格で流通されるかといえば,[政府出版物 の原版あるいは出版物そのものが自由に利用できるとすれば]多くの出版者が 参加し競争するからである。Dingley議員の考えには,後に詳しく述べるが,政府情報の流通について「公平な競 争による利益の社会還元」を促す意図が表れている。つまり,民間の出版者がオリジナ ルな政府出版物を活用しつつ市場競争の中で出版活動を行うことによって,政府の伝え たい情報が公衆に低価格で普及するはずだ,という考えを認めることができる。
もっとも,事態は印刷法制定にとどまらなかった。上述のような議論があった中で, 1894年にすべての大統領による就任演説や声明等を編纂・印刷する決議が連邦議会で 成されたものの,そのための予算が割り当てられなかった。そこでRichardson議員が 自発的に編纂作業を行ったが,印刷法制定後にそこでの規定に従い,彼はその報酬とし て金銭ではなく当該出版物に用いられた原版の余剰分を求め,議会もそれを認めた。と ころが,その後Richardsonが報酬として得た原版を用いて出版を行い,自分の版に著 作権を主張して利益を得ていることが問題視され,JCPは上院からの要請に基づいて 1900年にRichardsonに対する審査委員会を開いた。Richardsonは“自分はあくまで 原版に対し自ら付加価値をつけた部分についてのみ著作権を主張している”と弁明した が,審査委員会は”印刷法の意図は,いかなる形態をとるものであろうと政府出版物す べてについて著作権設定を排することであった”と確認した上,Richardsonによる (付加価値分を含めた)出版物全体について著作権を認めるべきではないと結論づけ た。委員会はあわせて次のように述べている15。
政府によって雇用された著者・編集者に対しての報酬は金銭の形で成されるべ きである。そしてその結果としてつくられた本や出版物については,その全体 であれどの部分であれ,人々が自由に使えるようにすべきである。このように,JCPの審査委員会としては政府出版物に著作権の保護を認めない理由 づけとして「二重払いの禁止」を打ち出している。また,ひとたび出版された政府出版 物は誰にとっても自由に利用できるとの認識を示している。
ともあれ,1895年の印刷法の規定,およびそのもともとの提案者であったRichardson の所業をめぐる審査の中で,「政府出版物」に著作権保護を認めない理由づけとし ては「民間出版者を通じてのよりよい政府出版物流通の可能性」「二重払いの禁止」と いう論理が存在していたのである。
パブリック・ドメインにあるあらゆる著作物のオリジナル・テキスト,本法が 発効する前に出版された本国および諸外国の著作物のうち合衆国内において著 作権が適用されていないもの,ならびに合衆国政府の出版物とその再印刷分に 対しては著作権が適用されない。(後略)
以上のような形で,世紀転換期に制定された実定法において「政府出版物」全体に対 し著作権が認められないことが定められた。この規定が,次の章で詳しく述べる現行の 著作権法にも引き継がれている。
また,「合衆国政府の著作物」については,「雇用著作物」(work made for hire, 「職務著作」と呼ばれることもある)に関する知識も必要である。なぜかといえば,下 院報告書には“「合衆国政府の著作物」という言葉の定義は,「雇用著作物」の定義とは やや言葉の使い方が異なるものの,ここでの概念は同じように解釈されるべく意図され ている”と記されているからである21。これに関しては,著作権法第101条に「雇用著 作物」が“従業員が,その雇用の範囲において作成した著作物”と定義されており,ま た同第201条(b)には「雇用著作物」の取扱いとして“雇用著作物においては,雇用 者その他当該著作物がその者のために作成された者が,本法においては著作者と見なさ れ,両当事者が署名済みの書面にて明示に別途の合意をしている場合を除いては,これ らの者が著作権についてのすべての権利を有するものとする”と規定されている22。
つまり,以上取り上げた規定に基づいてまとめると,「合衆国政府の官吏ないし職員」 が“その公務の一環として作成”した著作物については,雇用著作物の論理に従い,そ の官吏ないし職員の著作物ではなく合衆国政府の著作物と見なされるが,そうした著作 物には著作権が認められない,ということになる。
このように,「委託著作物」に関しては別途の法律・規制や契約がない限り受託者に 著作権を認める,という立場を下院報告書はとっている。さらに,著作権法第105条は 但し書きで“合衆国政府が譲渡,遺贈,その他によって移転された著作権を受け取り, かつこれを保持することについて,それができなくなるわけではない”と定めているゆ え,その受託者が政府に著作権を譲渡すること,そしてそれによって事実上第105条を 迂回して政府が著作権を保有することも可能である。この点について,政府から委託さ れた者は,それが作成した「合衆国建国200年記念映画」について著作権を設定し,そ の著作権を政府に譲渡できる,と定めた判例24がある。委託著作物をめぐる議論は後で 詳しく述べる。
また近年の学説としては,Perrittが著作権の性質とも関連づけて,次のような「二 重払い禁止」の論理を打ち出している。つまり,著作権は著作者の経済的インセンティ ブを促すためのものである。一方,政府には,政府業務を円滑に執行するために情報を 収集・整理・提供する法的義務が存在する。政府職員に与えられる報酬はこの法的義務 に対するものであり,経済的インセンティブとは無関係である。したがって,政府職員 が公務の一環として作成した著作物に対して,重ねて経済的インセンティブとしての著 作権を与えるのは不当である,という旨の議論を展開している27。
この判決においては,法や規則の取扱いについて,“民主代表制の下では市民こそが 法の所有者である”というメタファーを用いている。すなわち,“すべての市民は支配 者であり,立法者である。市民は法の起草者であり,それゆえ法を保有する。なぜなら 法の権限は,民主的手続きを通じて現れる,公衆の同意から生じるものだからである。” と述べている。続いて,判決はこのメタファーに加え,デュープロセスの保障として政 府情報へのアクセスを整備すべきだと説いている。日く,“デュープロセスの下では, 人々が法に従い制裁を避けられるようにするため,彼らに対し法が何を要求しているか を知らせる必要がある。著作権者は自分の著作物の出版を避ける権利があり,その著作 物への一切のアクセスを避けることができる。しかし,こうした著作権法による保護 が,法の対象となる公衆にとっての法を知る権利と並立しうるかどうか確認することが できない”と。こうした観点から,著作権やライセンス契約によって,州政府の建築規 則の利用を妨げるのは望ましくない,とこの判決は論じたのである。
事例は以下の通りである。ニューヨーク州政府が立法議事録等の立法情報を収めたデ ータベース“Legislative Retrieval Service”を運営する一方,カリフォル ニア州の民間企業Legi-Tech社はLRSと同種の立法情報サービスを提供していた。 Legi-Tech社はLRSを自らのサービスに活用しようとしてLRSへのアクセスを要求し たが,ニューヨーク州政府は州法Chapter 257を制定し,同州政府と同種の情報サービ スを行う者による政府データベースへのアクセスを一律禁止とした。Legi-Tech社が Chapter 257は不当だとニューヨーク州政府を訴えたのに対し,同州政府は(a)紙媒 体でもLRSと同種の情報にアクセスできる以上,Legi-Tech社は単にアクセスの便宜 性を求めているに過ぎない,(b)州がLRSに投資した成果に対し,Legi-Tech社はた だ乗り(free-ride)しようとしている,と反論した。
判決では,“立法議事録に関する情報は,政府が機能するのに,また憲法第1修正の 中核である政治的言論(political speech)を行使するのに不可欠である。...このよう な情報について,民間の出版者に,公衆,ならびに州が指定する出版者と同等のアクセ スを与えないことは,検閲の行使にあたる。すなわち,政府は公衆に届くべき情報の形 態・内容にコントロールを加えることになる”と判示した。つまり,著作権に類似した 形で法情報の流通をコントロールすることを検閲と結びつけて,州法Chapter 257の不 当性を指摘したのである。また,この判決はニューヨーク州政府の反論に関し,(a) の点については,単なる「アクセスの便宜性」の問題ではなく,立法議事録に関する情 報が公衆に時宜的な形で届くことが可能かどうかという問題であり,それを可能ならし める技術の活用を妨げる形でLegi-Tech社にアクセス制限を課すのは不当と判断した。 また,(b)の点については,Legi-Tech社のようにLRS内の情報を再販売しようとす る者に対して,一律にアクセス禁止を課すのは不当であるが,「ただ乗り」の防止策と しては価格の差別化という手段,つまり再販売しようとする者に対してLRSのアクセ ス料金を高く設定する手段をとればよい,と論じた。
@Aの判例をどう評価するかについては,論者の間で意見が分かれている。Levitt は“著作権法での原則にかかわらず,これらの判例は法情報という限られた領域にしか 著作権の例外扱いをしていない”と指摘している28。一方,Perrittはこうした判例に 示された論理を法情報以外に拡張することは可能との立場をとる。彼は“政府が作成す る地理情報データベースを例にとってみても,土地区分に関する情報や土地の利用実態 に関する情報は法の運用と密接に結びつく。公衆に広く浸透させるべき情報という意味 で,地理情報は法情報と違いはない”と述べている29。
「政府情報源の多様化」に関する学説の中心となっているのはPerrittである。彼の主 張は次のようなものである。政府であれ,政府と排他的契約を結んだ者であれ,単一の 情報提供者がすべての利用者の需要を満たすことはできない。むしろ,市場の力と起業 家精神を利用して,競争的環境の中で多様な情報提供チャンネル・多様な付加価値を実 現すべきである。こうした「多様化」の実現により,政府情報に対する様々な需要を満 たすことができ,さらに検閲ないし政治的目的による政府情報の改変・歪曲を防止でき る。これを実現するためには,政府情報に著作権の保護を施すこと,また著作権に類似 した排他的契約を結ぶことは認めるべきではない,というものである30。
アメリカ連邦政府の政策面でも,「情報資源管理(Information Resources Management) 政策」の一環として,「政府情報源の多様化」という方向性が打ち出されて いる。情報資源管理とは,情報そのものとそれを支える人員・技術を「情報資源」の名 のもとに一体として捉え,「情報資源」を組織の中で効率的かつ有効に活用していくこ とを目指す取り組みをいう。連邦政府においては,1980年に制定された「書類作成軽 減法(Paperwork Reduction Act)と,情報資源管理政策を管轄する行政管理・予 算局(Office of Management and Budget: OMB)が1985年に発布した通達A- 130「連邦情報資源管理(Management of Federal Information Resources)」が, 情報資源管理に関する主要な政策指針として機能している。これら2つの指針は1990 年代に入り,「政府情報源の多様化」を取り入れた形で改正されている31。 まず,OMB通達A-130の1993年改正では,「不適切な制限的取り決めの排除 (Avoiding Improperly Restrictive Practices)と題する第7条に,各連邦行政 機関の義務として以下のような規定が設けられた32。
また,書類作成軽減法が1995年に改正された際には34,第3506条(d)の中に,各連 邦行政機関の情報提供にかかわる義務として“政府の公的情報に依拠する公的・私的な 情報源の多様性を促進すること”という点が付け加えられた。この第3506条(d)で は,上述したOMB通達A-130の「不適切な制限的取り決めの排除」で示されたものに 類似する規定も盛り込まれている。
以上のように,情報資源管理に関する政策指針では,政府情報−ここでは「情報提 供対象物」とも表現される−について,“利用を妨害する排他的または制限的な取り 決め”“再使用,再販売,または再提供に関する制限や規制”という,著作権に相当す る規制を排除することが求められているのである。
なお,「政府情報源の多様化」が1990年代に強調された理由として,インターネット の普及に伴う政府情報流通の円滑化,および政府情報に付加価値をつける民間サービス の発展の可能性が高まったことが考えられる。つまり,政府情報の価値を高めるための 政策的配慮として,政府情報に著作権ならびにそれと類似した規制を課さないことが情 報資源管理政策によって改めて示された,といえるだろう。こうした状況の下で,政府 情報の活用をめぐって民間企業・大学・非営利団体などの間で競争が活性化し,結果と して多種多様な情報サービスがアメリカでは発達してきた,と見なすことができる。榎 並が指摘する通り,アメリカでは「公平な競争による利益の社会還元」という思想が政 府情報のインターネット上での提供についても貫かれており,その思想が著作権法を含 めた「政府情報源の多様化」を促す政策によって実体化しているのである35。
また,著作権に比べて著作物の利用の制約が少ない手段として商標を用いることがで きる,という主張もある。つまり,政府情報の提供主体である政府機関が商標を設定 し,当該情報の再販売を行う者に対して品質保証のしるしとしてその商標の利用を許諾 することができる,というものである。この点についてはPerrittの主張40があるほか, 上述のOMB通達A-130の付録(通達本文に対する解説文)においても商標の利用に言 及している。この付録では,連邦センサス局の地理情報データベース“TIGER”につ いて商標が設定されている実例が紹介されている41。
こうした考え方に対し,Simonが“民間の受託者は著作権による報酬と同等の経済 的報酬を得られる”との主張を展開している。彼女によれば,受託者は入札によって得 られた契約を通じて報酬を受け取ることができる上,出版のための計画書の作成を通 じ他の機会では得られないような考えを練り上げることができる。また,契約を実行 することにより,そうした受託者は専門的技能を向上させ,経歴を積み上げ,自らの評 判を高めることができる。それゆえ,著作権がなくとも創作のためのインセンティブが 与えられる,ということを主張している42。
こうした点に加え,政府著作物の「民営化(privatization)」という問題も考慮す る必要がある。ここでいう「民営化」とは,あらかじめ著作物作成を民間に委託するの ではなく,従来は政府で出版されてきた著作物を民間から出版させるという状況を指 す。具体的には,商務省から出版されてきたU.S. Industrial Outlookや,国立がん 研究所(National Cancer Institute)から出版されてきたJournal of the National Cancer Instituteといった政府出版物が,1990年代後半より民間出版社より刊行される という事態となっている43。この場合,政府の側ではコスト削減の効果が望める一方, 「民営化」された政府出版物の著作権は民間出版社の側が保有することになる。これは 3.2で述べた通り,下院報告書のいう“単に政府職員の代わりに受託者を使って自機関の 用途のために著作物を作成させる場合には著作権設定は適切ではない”という事例に該 当するのではないか,と考えられる。
アメリカでは合衆国憲法での規定やWheaton判例に見られるように,著作権を著作 者のもつ自然権とは捉えず,“著作者に対する一定期間内の独占的権利”と“国民全体 に還元される,科学および有益なる技芸の発展”とのバランスをめぐる,連邦議会が作 り出した権利として捉えている。いい換えれば,アメリカにおける著作権は,自然権と は切り離した形で政策面での設定が機能しやすい,といえる44。そして,政府情報と著 作権をめぐる関係は,所得配分の側面(政府職員に「二重払い」を認めるか否か)であ れ民主主義実現の側面であれ経済的功利性の側面であれなおさら政策判断に委ねられ る余地が大きい,と見なすことができる45。その意味で,アメリカは情報自由法などの 規定も含め,政府情報をできるだけ自由な利用に委ねようという政策を打ち出している といえる。
もっとも,アメリカのような著作権政策としての政府情報の扱いは,国際的に見ると 必ずしも主流ではない。ベルヌ条約第2条(2)は“立法上、行政上及び司法上の公文 書並びにその公的な翻訳物に与えられる保護は、同盟国の法令の定めるところによる” と規定されており,政府情報について著作権で保護するかどうかは各国に委ねられる。 それを受けて,イギリス,カナダ,オーストラリアほか旧英国連邦諸国は「国王の著作 権(Crown Copyright)」の名で政府著作物を著作権で保護している。しかし,「国王 の著作権」を保有する国々のうち,イギリスでは「国王の著作権」が事実上の検閲のた めに用いられ,またそれが政府情報活用への妨げとなっていることが指摘されてい る46。
こうした点を勘案すると,究極的には,政府情報は誰の利益のために存在するのか, ということを考えなければならない。日本においては,「龍渓書舎事件」が起きた1973 年に,「公文書の著作権」が主張されていることの背景として“ある種の知識・情報が 官公庁によって独占的に把握されてきた状態”があると奥平によって指摘されたが47, 30年後の現在においてすら同じ指摘が成されていることは示唆的である。すなわち,牟 田は“日本の官僚組織は知識が集約されている最大の場所ですね。どんな企業よりもは るかに大きい「頭脳」です。そしてそこが閉じている。アメリカの場合は,逆にそこが 開かれている。”と述べた後,政府情報と著作権との関係について日米の違いに言及し ている。つまり,著作権による保護がなく“税金で作られたものだから”ということで インターネット上の政府情報を無料で自由に利用できるアメリカの状況と対比させて, 日本の状況を次のように述べている48。
日本の場合,著作権法の解釈では,政府刊行物の著作権は政府にあるという。 政府の持っている「知」,情報が自由に使えない。手かせ足かせがある。本来, 自由に,無料で手に入るべきものが手に入らない。それがなぜそうなったのか というと,結局,国の財産や国の情報は国のもの,官僚のもの,お上のもので あって,国民のものではないという考えが官僚に浸透しているからです。本論文の冒頭で掲げた「龍渓書舎事件」の東京高裁判決は,政府情報のうち“一般に 公示して周知させるべき性質”をもつものでなければ「国の著作権」をタテに自由に利 用させなくてよい,という考えに立っていた。インターネット上で政府情報の流通が曲 がりなりにも進んでいる現在においても,このような考えを通用させていいのか,を政 策形成の上で改めて検討する必要がある。日本において「知」を官僚に独占させない− ひいては「消尽」させない−ためにも,アメリカの著作権制度に学ぶところは大き いものと考える。
2 東京地判昭53.3.30,判例時報845号25頁。東京高判昭57.4.22,判例時報1039号21頁。最判昭59.3.9(上告棄却)により確定。
3 「龍渓書舎事件」判決に対する批判としては,参照,「『日本人の海外活動に関する歴史的調査』復刻刊行差し止め」日本図書館協会図書館の自由に関する調査委員会編『図書館の自由に関する事例33選』日本図書館協会, 1997, p. 12-15. ならびにそこで掲げられた参考文献も参照のこと。
4 これとは別の角度からの議論として,大橋は国が保有する著作権が国有財産として厳密に管理すべき対象となっていることに疑義を示している。大橋有弘「公的データ流通促進のための法的・制度的課題」『情報管理』Vol. 39, No. 10, 1997, p. 760-767.
5 例として,根本彰「政府情報の提供体制と図書館:その法的根拠の検討」『図書館研究シリーズ』No. 37, 2002, p. 23-26. 名和小太郎『デジタル・ミレニアムの到来:ネット社会における消費者』丸善ライブラリー, 1999, p. 166-167.
6 この条文の日本語訳については以下を参照。Latman, Alan, Robert A. Gorman, and Jane C. Ginsburg, eds.『1990年代米国著作権法詳解(上)』[Copyright for the Nineties: Cases and Materials. Charlottesville, VA: The Miche Company, 1989] 中山信弘監修, 内藤篤訳, 信山社, 1991, p. 251. アメリカ著作権法のその他の条文についても,この著作を参照した。
7 例として次のような文献がある。Petersen, Barbara A. "Copyright and State Government: An Analysis of Section 119.083, Florida's Software Copyright Provision," Florida State University Law Review, Vol. 20, 1992, p. 441-485. Scott, Sandra D. "Suggesting for A Model Statute for Access to Computerized Government Records," William & Mary Bill of Rights Journal, Vol. 2, 1993, p. 29-116. Levitt, David S. "Copyright Protection for United States Government Computer Programs," IDEA: The Journal of Law and Technology, Vol. 40, 2000, p. 225-266. また,宇賀克也『情報公開法・情報公開条例』有斐閣, 2001.のうち,特に第2章第2節「アメリカの州における電子情報の公開」(p. 84-107)も参照。
8 Price, Brian R. "Copyright in Government Publications: Historical Background, Judicial Interpretation, and Legislative Clarification," Military Law Review, Vol. 74, 1976, p. 21-36.
9 Wheaton v. Peters, 33 U.S. 591 (1834). Wheaton判例については以下に詳しく論じられている。白田秀彰『コピーライトの史的展開』信山社, 1998, p. 335-356.
10 Banks v. Manchester, 128 U.S. 244 (1888).
11 Callaghan v. Myers, 128 U.S. 617 (1888).
12 Act of Jan. 12, 1895, ch. 23, 28 Stat. 601.
13 以下の記述を参照。Price, op. cit., p. 28-29. Stiefel, Maurice B. "Piracy in High Places: Government Publications and Copyright Law," Copyright Law Symposium, Vol. 8, 1957, p. 21-26. もっとも,これらはRichardson議員の動向に焦点を当てており,Dingley議員の主張には大きな関心を払っていない。
14 25 Congressional Record 1767.
15 Investigation Relating to Messages and Papers of the Presidents. S. Rep. No. 1473, 56th Cong., 1st Sess., 1900, p. 2.
16 Act of Mar. 4, 1909, ch. 320, 35 Stat. 1075.
17 H.R. Rep. No. 94-1476, 94th Cong., 2d Sess., 1976. 下院報告書のうち,第105条に関する部分(p. 58-60)の日本語訳は,Latman, et al., op. cit., p. 251-252.に掲載されている。
18 Latman, et al., op. cit., p. 251.
19 Bell v. Combined Registry Co., 536 F.2d 164 (7th Cir. 1976), cert. denied, 429 U.S. 1001 (1976).
20 Public Affairs Assocs., Inc. v. Rickover, 268 F. Supp., 444 (D.D.C. 1967).
21 Latman, et al., op. cit., p. 251.
22 ibid., p. 312.
23 ibid., p. 252.
24 Schnapper v. Foley, 667 F.2d 102 (D.C. Cir. 1981), cert. denied, 455 U.S. 948(1982).
25 Latman, et al., op. cit., p. 252.
26 Petersen, op. cit., p. 470.
27 Perritt, Henry H., Jr. "Sources of Rights to Access Public Information," William & Mary Bill of Rights Journal, Vol. 4, 1995, (以下"Sources of Rights"と略記) p. 198-199.
28 Levitt, op. cit., p. 243.
29 Perritt, Henry H., Jr. "Should Local Governments Sell Local Spatial Databases Through State Monopolies?," Jurimetrics Journal, Vol. 35, 1995, (以下"Spatial Databases"と略記) p. 462.
30 Perritt, Henry H., Jr. "Open Government," Government Information Quarterly, Vol. 14, No. 4, 1997, p. 401-402. Perritt, "Sources of Rights," op. cit., p. 183-184. Perritt, "Spatial Databases," op. cit., p. 456.
31 アメリカ連邦政府における情報資源管理政策については,以下の拙稿にまとめた。古賀崇「アメリカ連邦政府における情報資源管理政策の変遷:書類作成軽減の手段から電子政府の基盤へ」『レコード・マネジメント』No. 40, 2000, p. 9-16. より詳しくは,岡本哲和『アメリカ連邦政府における情報資源管理政策:その様態と変容』関西大学出版部, 2003.も参照。
32 58 Federal Register 36068, at 36072-36073. あわせて以下も参照。名和小太郎「行政情報公開の電子化」井出嘉憲編集代表『講座情報公開:構造と動態』ぎょうせい,1998, p. 619.
33 OMB Circular No. A-130, Revised (Transmittal Memorandum No. 4).
34 1995年改訂後の書類作成軽減法については,以下の文献に日本語訳が掲載されている。齋藤憲司・田中嘉彦・三浦良文「アメリカにおける政府の情報収集と国民の書類作成負担:1995年書類作成軽減法の意味」『レファレンス』No. 547, 1996, p. 29-86 (日本語訳掲載部分はp. 59-86). 木村順吾「米国における「電子国家」の取組み:情報通信政策と行政改革及び情報公開との融合」『郵政研究所月報』No. 98, 1996, p. 4-47 (日本語訳掲載部分はp. 31-45).
35 榎並利博『自治体のIT革命』東洋経済新報社, 2000, p. 67-81. 特にアメリカ著作権法の意義についてはp. 80-81.に言及がある。
36 Gellman, Robert M. "Twin Evils: Government Copyright and Copyright-like Controls over Government Information," Syracuse Law Review, Vol. 45, 1995, p. 1060-1062.
37 ibid.
38 Simon, Andrea. "A Constitutional Analysis of Copyrighting Government Commissioned Work," Columbia Law Review, Vol. 84, 1984, p. 442-443.
39 Electronic Collection and Dissemination of Information by Federal Agencies: A Policy Overview. House Committee on Government Operations. H. Rep. No. 99-560, 99th Cong., 2nd Sess., 1986, p. 23-36.
40 Perritt, "Sources of Rights," op. cit., p. 204.
41 "Appendix IV to OMB Circular No. A-130: Analysis of Key Sections"における,Section 8a(7)への解説の部分。
42 Simon, op. cit., p. 440-441.
43 Kelly, Wayne P. "Keeping Public Information Public," Library Journal, Vol. 123, No. 9, 1998, p. 34-37. 名和小太郎『変わりゆく情報基盤:走る技術・追う制度』関西大学出版部, 2000, p. 269.
44 著作権は自然権であるのか,あるいは政策として設定された独占権なのか,という論点をめぐっては,以下の著作に簡潔にまとめられている。白田秀彰「著作権の原理と現代著作権理論」1998年1月31日 比較法史学会関東部会,同年2月2日 国際大学 Glocom における報告。
45 田村は日本の著作権法について,“法令,判決等を除いて一般的に国の著作権を肯定したうえで,公に周知目的で作成された著作物に限り緩やかに転載を認めつつ,禁転載表示による制約を認める現行法[著作権法第32条第2項を指す−引用者注]は,所得移転や拡布のインセンティヴに対する配慮を国の政策判断に委ねていることになる”と述べている。田村善之『著作権法概説』第2版, 有斐閣, 2001, p. 261.
46 1993年のイギリス女王によるクリスマス演説の内容が公表前に新聞に掲載されたことに対し,女王が著作権侵害をタテに損害賠償訴訟を提起した事例がある。これについては,新聞側が謝罪広告掲載と社会福祉への寄付を行うことに同意したため,訴訟は取り下げられた。Gellman, op. cit., p. 1000. なお,イギリスの「国王の著作権」に関する近年の動向については以下の拙稿を参照。古賀崇「英国における政府情報へのアクセスと著作権」『カレントアウェアネス』No. 244, 1999, p. 4-5.
47 奥平康弘「公文書の著作権問題:公開の原則を前提として考える」『出版ニュース』1973年9月中旬号, p. 7. 奥平はこのほかにも,“本来,私人の財産権−私人の人格権の一形態と考えられる著作権が,無媒介に国家(官公庁)にも保障されていいのかどうか考察する必要がある”(p. 8, 原文での強調は傍点),また国による著作権の主張は“名を著作権にかりて,実は「国家秘密」を防衛することになる”のではないか(p. 9),などの論点を提示している。
48 牟田昌平・村山治(対談)「情報管理と開示のあり方を通していまこそ考えよう「この国のかたち」」『論座』2003年5月号, p. 112.
※脚注内のURLはすべて2003年7月10日に最終確認を行った。
古賀 崇(KOGA, Takashi)
[http://www.whitehouse.gov/omb/circulars/a130/a130trans4.html]
[http://www.whitehouse.gov/omb/circulars/a130/a130appendix_iv.html]
[http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/theory.htm]
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