「新概念に基づく問題創出・定型化」研究プロジェクト


〜「新しい問いをたてること」を研究する〜

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多様な視点や価値観を取り入れて、「新しい問い」を作るには、自分と違う考えを持った人たちとの、深い対話と議論が欠か

せません。そこで参加者の100%を引き出して、質の高い話し合いができるかどうかを決める鍵の一つが、議論の「場づくり」です。

ここでは、一般的によく実践されている交流の場の特徴を検討して、さらに、それを議論を目的とした場にするための考え方をまとめました。このプロジェクトの拠点である「神田ラボ」での実践例も、一緒にご紹介します。


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「新しい問い」の議論の場を模索する

万人の素敵を集めた空間なら深い議論ができるわけではない

クリエイティブな活動には議論が欠かせません。人が気軽に立ち寄れて、気持ちよく過ごせる、他の人と会話したり、ブレストやすい「場」作りは、今までにも大学や研究機関、企業で試みられています。

快適な空間の一番わかりやすい例には、スタバのようなカフェや、オフィスのコラボレーションスペースがあります。お茶やコーヒーが飲めて、カウンターやソファで会話したり、離れた椅子で本を読んだり、集中して勉強をしたり。こうした空間は、人は集まりやすく、長い時間をストレスなく過ごしやすいようにできています。

アイディア出しやブレストをしやすい仕掛けもよく見かけます。ガラス張りで見通しをよくした、自由度の高いオープンスペース。壁一面のホワイトボードや、ポストイットが貼れる空間。フリーアドレスのデスクと、立って話せるカウンター、床に座って話せる空間、などなど、いろいろな工夫が凝らされています。

このような「整った空間」は、人を集める、出会いを活性化する、会話を促す、アイディアを出しやすくする目的で多く設計されています。しかし、このような整った空間は、人が心を開きやすい場所になっているかというと、そうでもないようです。おしゃれなコラボスペースを作っても、なかなか人が来ない、人が来ても、端っこの方で座っている、という状況もよく見かけます。腹を割って深い議論を行うための場所としては不十分に感じることもあります。その理由を考えてみたいと思います。

カテゴリー

実践例

空間の工夫
  • 見通しのいい空間で、のびのび自由に動ける動線で

  • レイアウトや色、クリエイティブな内装でインスピレーションを与える

  • フリーアドレスで、いつもと違う人と出会える・話せる
出会いを作る工夫
  • お茶・ご飯を食べられて、食事しながら交流できる

  • 人と一緒に楽しめるものがある(TV、本、雑誌、ゲームなど)

  • いつでも話せるホワイトボードなどの議論の道具がある

  • 定期的な交流イベントがある
ロケーションの工夫
  • どこからも来やすい。アクセスがいい立地・場所。

予定調和を起こさない、意外性を生み出す空間を求めて

万人に魅力的な場所は、逆に言えば、誰にとっても無難で平均的な場所になりがちです。整ったカフェやコラボレーションスペースは、使う人を選ばず、不快なところがないよう設計されます。いわば「減点ポイントがない場所」です。たとえば、誰にも不公平にならず、訪れる人が、不安や不快な思いをせず、一人一人がいい体験をしてほしい、という点に焦点をあてると、こういうデザインになるのかなと思います。

ところが、とても整った場所だと、素の自分になることは難しいでしょう。素敵で整った空間に入る時には、「スタバに行くときの私」モードや、「かっこいいオフィスで創造的なブレストをする私」モードになったりしますよね。やることや目的が決まっているときは、このモードがうまく働くことも多いですが、予定調和がなく、あらゆる自分の可能性を使って、新しいものを見いだすような深い議論のためには、自身にはなんの制限もない、素の自分であるほうがいいでしょう。

参加する人が、ありのままの自分でそこにいること、それが、人と人が、相手の多様性を認め合って、深い対話と議論をする時には必要です。心を開いて、何者のふりもしない、自分自身の内面から出る100%を、その場の議論に投じれば、他の参加者にとっても、今まで見たことない、しかし確固とした根拠に基づく視点や考え方を提供することができます。場が暗黙のうちに既定する標準的なふるまいや、自分はこうでなければいけない、という意識にとらわれてしまうと、自分でない者を多少なりと演じて、議論のときについつい一般的な意見や、ポジショントーク、周りに好まれる意見を言ってしまいがちです。そうすると、何時間話しても、議論が効率的に深まらないことにもなってしまいます。

大切なのは、その場にいる全ての人が、真剣に真摯に、自分自身の内側にあるクリエイティヴィティに寄り添いあうことです。そこでは、同質性による安心感よりも、自分と他者がこんなに違うということを、むしろ喜びあって尊重できるような心理的安全性と心のスペースを提供することが大切なのです。議論を深めるための場には、そのような「自分が自分になれる場所」にするための配慮が必要になってきます。

ありのままでいられる空間作りには、「万人にとって整っている」こと以外の何かが必要なのです。そこにいると、素敵である、快適である、だけではなく、その場所が多様性や意外性を許容するために、素のままの自分でいられるような工夫が必要です。たとえば、居心地の良さを意図的に崩したり、予定調和にならない意外性を、空間の中に仕込んでおくこと。いわば来訪者の内面と議論の質に着目した工夫が大切なのです。

コラム 議論の場づくり実践における、ことばの解像度を考える

良い議論の場づくりの研究や社会実装は、企業や組織、アカデミアに数多く存在しています。学術的には、多くは社会学的な視点から行われている研究が多いと思います。この研究プロジェクトで私たちは、議論の場づくりを、工学的な視点からまとめることを試みています。

工学的なアプローチをとる時には、場で起きる現象を表現する時の、ことばの解像度と、そのことばが表す現象の可視化をすることが重要になります。このことばの解像度が荒いと、世の中でいう経験的なレベルの「良い議論の場」がどういうメカニズムで成り立っているかの理解は進んでも、それを工学的にまとめて、再現でき、社会に役立てるための知見にするために利用しづらいからです。

例えば、打ち解けた雰囲気を作るための「アイスブレイク」は、現象としては捉えられていてメカニズムはわかっていても、質や結果が測定・評価できるよう分析しなければ、「効果的なアイスブレイク」を定義して、誰にでも再現するメソッドにすることができません。

逆に、工学的アプローチに寄りすぎて、解像度を高くしすぎると、今度は可視化でき、評価・比較できるものしか扱わなくなってしまい、現場で起きているありのままの現象を捉えて記述することが難しくなります。

だからこそ、私たちがやりたいことは、「場づくり」について、人文的なアプローチで観察からえられた知、記述された知を、工学的なアプローチでエンジニアリングして、構造化することです。人文学的なアプローチと、工学的なアプローチ、両方の良いところを採り、それぞれの限界と垣根を外すことなのです。

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快適な空間から素の自分を出せる場づくりへ

素の自分になって、自由な感性を出せる場所とは?

参加者が素の自分になって人の話を聞き、意見を言うような議論の場はどうしたら作れるでしょうか?それを考えるために、世の中にすでにある、多くの人が同じ空間にいながら、ふるまいを規定されずに、思い思いリラックスして過ごせる場所の例を思い浮かべてみましょう。

例えば、公園です。公園は、どんな人でも気兼ねなく入れて、人に迷惑をかけないよう最低限のルールさえ守れば、好きなように振る舞って、好きなことができる空間です。ボール遊びをしている人、ベンチで談笑している人、昼寝をしている人、絵を描いている人、街頭パフォーマンスをしている人。すべてが雑多にまざって、同じ空間にあっても違和感がありません。同じような空間が、児童館です。子どもが放課後や休みの日に集まって、自分が好きなことを持ち寄って、思い思いの過ごし方をする場所です。

公園と、先ほどあげたカフェやコラボレーションスペースの違いは、公園では何をしてもいい、許されている、という感覚があることではないでしょうか。コラボスペースの中では、あちこち歩き回ったり、どうどうと絵を描いたり、筋トレしたりしてはいけない気がします。やっていいことが決まっている気がします。自分の場所は座ってるデスク一つで、間借りしている感じを強く持ちます。人の家に来たみたいな気持ちになります。

たとえば、議論していて話についていけなくなってしまったときに、人の家にいるような感覚だと、自分がそこにいられないような気持ちになるでしょう。無理矢理自分を奮い立たせて議論についていこうとするかもしれません。一歩引いて、ちょっと議論からはなれて、ゆったりできて、復活のときを待つようなことができなければ、とても苦しい場所になってしまいます。今いる場所が、自分の場所、自分が自然にいていい場所である、ということは、素の自分でいること、議論に自分のペースで参加し、自分の意見を言うことに対して、とても重要なことなのです。

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神田ラボの場づくりの考え方:
「人格のある場」作り

人が心を開ける、「人格のある場」を目指して

このプロジェクトの拠点、「神田ラボ」は文字通り東京・神田の雑居ビル街にあるラボです。神田ラボは、異分野の人々が創造性を発揮できる議論の場を作るためにさまざまな仕掛けを試みている場所です。効果があった試みに共通する根幹のようなものはなんだろうと考えて出てきたのが、「人格がある場」というコンセプトです。

あまり聞いたことのない表現かもしれませんが、私たちが場づくりに「人格」という言葉を使う背景について、考え方を説明してみたいと思います。

特別な意味をもつ、人格のある場所

場所における人格、ここではこの人格は、場所と自分との関係性や、その場所の自分にとっての意味、あるいは関係性に関わる感情、愛着とか、暖かさとか、そういうものを示します。つまり、人格があるとは、自分にとってその場所が、(特別な)意味がある、ある程度強い関係性がある、あるいは愛着や心地よさや安心感などを持っている場所である、ということを意味します。ここでは、便宜上、我々の目的にとってポジティブな意味だけを考え、いやな人格を持った場所のことは考えないことにします。

少し具体的に考えてみると、
「ここに来れば、自分に影響を与える誰かに会える」
「ここには、自分の好きな何かがある」
「この場所で話すことで、刺激を受けたい」

そういった、人と長く付き合うと生まれる手触りや愛着を、場所に感じた経験はないでしょうか?例えば、昔から通っている、独特の内装をした街角の古い喫茶店。旅先でふいに入った、妙に話しやすい店主やお客さんのいる居酒屋。散らかっていて椅子も机もボロボロなのに、なぜか毎日立ち寄りたくなるサークルの部室。そういう場所は、人生にとってちょっと意味がある場所、自分がそこで何か特別な感情や安心感を得られたり、場所が自分を嬉しい気持ちにさせてくれたり、人と人との関係性に似た、場所と人との関係性、結びつきを持つような場所になっているでしょう。関係性がない場所では、人は外界に対してある種の心理的な防御壁を作る、かまえてしまった気持ちになり、自由な感性の刺激や、豊かな発想が多少なりとも阻害されてしまうでしょう。このような障壁を取り除く一つの方法として、人格、関係性を作ることがあると考えています。居心地が良く、安心感のある空間を作り、そこで、心理的な障壁のない議論を体験することで、場との関係性はできていくと考えています。また、そのような障壁を取り除いてくれる人々が場にいることで、場との関係性ができていきます。

近年のコラボスペース、コワーキングスペースなどは、おしゃれな空間が演出されていたり、個性豊かで様々な家具があり、いろいろなスタイルで活動ができるようになっていますが、このようなことだけでは、上記の人格は持てないと考えています。おしゃれな場所があっても、わざわざそこで仕事をしよう、人との出会いを求めよう、という気持ちになりにくいときがあるのは、この、我々が考える関係性が作れていないことが原因であろうと考えています。

人との関係を作る、ランドマークとしての場の人格

ここでもう一度、どういう心理状態になると、異分野の人が集まって新しい考えを生み出すようないい議論ができるのかを考えてみましょう。我々が考えていること、感じていることを羅列してみると、次のような状態が理想的でしょう。

場や場にいる人に親しみを感じる、興味がある、貢献心がある、結果より作ることに価値を感じている、試行錯誤をいとわない、心理的障壁がない、心理的安全性がある、リラックスしている、自分の役割や振るまいが規定されていないと感じる、話は必ず真剣に聞かなければいけない、意見はこのようなものを言わなければいけない、などの暗黙のルールを感じない、場にいる人のふるまいが多様であり、知識、専門性、熱意も一様ではない、多様でときには想定外の意見や人々やできごとに寛容な気持ちになっている、刺激を受けるなどして、生産的な気持ちになっている、... 他にもいろいろあるでしょう。

場がいろいろな意味や楽しさを持っていれば、親しみや楽しみや興味を持ちやすくなりますし、自分がやることや体験することがあれば、試行錯誤や過程・プロセスに価値を感じるでしょう。愛着や良い意味を持つなどの、場と人とのポジティブな関係性があれば、心理的な安全性や、リラックスはより簡単に実現できるでしょう。上下の関係性を感じなければ、人は自分にルールが押しつけられている、役割を強制されているとは感じないでしょう。場が多様な人々と関係性を持ち、多様な有り様を持っていれば、多様性に対する寛容さを感じるでしょう。

実際に神田ラボでは、このような心理状態を狙って様々なしかけをし、日々の運営を行っています。そのしかけが人々に与える影響を簡単な言葉で表そうとしたときに、我々は、人格を持った場、という言葉が適切であると考えました。しかけや運営にはいろいろな意味や効果があるので、簡単な言葉や分析で全てを説明できるわけではないのですが、人格という言い方は、その一側面をある程度効果的に表現できているだろうと考えています。

我々が考える、場の人格とは、人と場がある種の対等性を持つこと、面白さや興味を与える存在であること、その場に行って体験をする場所であること、試行錯誤をする場所であること、共有であると同時に自分のものである場所、自分が役割や物事を与えられるのではなく、自分が与える場所であること、というようなものです。以下で神田ラボでのいろいろな取り組みや仕掛けを紹介しますが、それらは、このような場所と人との関係性、あるいは人と人との関係性を作り出すために、場所のしかけと同時に、その場所をどのように使うかという運営も含めて行っているものです。

コラム コミュニティと場づくりの違い

異分野の人が集まって、新しい考えを生み出すようないい議論ができる場を作りたい。そう思ったら、そもそも場を作るのではなく、コミュニティを作るという方向性もありますよね。

コミュニティは、人が人を好きになることによって生まれます。人の魅力で繋がったコミュニティは、目標がなくても参加していて楽しく、快適で、強いです。しかし心地よいコミュニティも、ここで言う良い議論を生むようなものばかりとも限りません。同質な人が集まるコミュニティ、部活とか趣味のサークルなどは、居心地は良いですが、多様な視点から意見を戦わせるのには向かないでしょう。会社や学校のような場所は、やることが決まっているために、自由な発想やふるまいはやりにくいと感じるでしょう。

コミュニティは人が固定されていること、コミュニティの人間関係の総体としてできあがっているものであり、これは場と大きく異なります。つまり、コミュニティは人間関係でできているので、再現性はありません。場作りは、まったく同じモノは再現できずとも、同じようなもの、同じような機能を同じような質で与えるものは、構築可能です。さらに、コミュニティを作るのと場を作るのでは、同じような面もあれば、大きく異なるところもあります。上手な運営の仕方についても大分違うところがあります。

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神田ラボにいらっしゃい!

議論の場づくりの工夫には、いろいろなやり方があり、正解はありません。ここでは、そんな工夫の一例として、この研究プロジェクトの拠点となっている、宇野研のサテライト・ラボである、通称「神田ラボ」の事例をご紹介します。日々、いろいろな工夫を凝らして、味付けをしている神田ラボ。独自の新しい試みを日々取り入れながら、模索しています。

ポイント1:立ち寄りやすいロケーションと、心理的バリアのない建物

神田ラボは、東京駅から電車で5分の神田駅の最寄りにあります。駅からは徒歩5分。都外や海外から来る来客にも、話をしたい時に、気楽に立ち寄りやすい場所を選びました。神田は、都会だけれど気さくで、雑多で歩いて楽しい街です。ラボは街角の雑居ビルの3Fにあり、エレベーターを降りると玄関はなく、入った瞬間に、先にいるみんなが「やあやあ」と手をあげて迎え入れる仕組み。

ディスカッションをしてお腹が空いたら、周りに美味しいご飯屋さんがたくさんあるのも魅力です。麻婆豆腐好きのゲストを相手に、「そういえば近所に麻婆豆腐の美味しいお店があってね...」なんて雑談が始まり、じゃあ次にきた時に一緒に行こうか、と、また理由を見つけて、何度も立ち寄るきっかけが生まれたりします。

ポイント2:場との関わりを多様性にする、自由きままなフリーレイアウト

一人一人のゲストの場との関わり方をどこまでも自由にしたいから、神田ラボでは、フリーアドレスを超えた、フリーレイアウトにしています。つまり、部屋にある家具やモノのレイアウトを、そこにいる人が誰でも自由に動かして良いのです。ラボにある主な家具は、会議テーブルとキャスターのついたチェア、位置が移動できるホワイトボード、置き畳とこたつ、長机とパイプ椅子、移動式の個室ブース、どの壁にも写せるプロジェクターなどなど、簡単に位置を変えられる物ばかりに厳選しています。自分が移動していい、自分がものをおいていい、であれば、その家具や場所は他人の場所、なわばりのようなものではなく、自分がいていい、活動していい場所と感じるでしょう。とてもきれいで、自分のものを置きっぱなしにしてはいけない、などいくつもルールがあるフリースペースは、なんとなく、他の人の居場所に来たような感じがして、自由に動き回れないと思います。

会議テーブルで面白そうな議論がはじまると、離れたところで仕事をしていた人がパイプ椅子を近くに引きずってきて時々ボソッと意見を投げたり、こたつでのんびりしていた人がチラチラ見て「ふむふむ」と頷いてメモを取ったり。また、別の数名がホワイトボードを前に込み入った議論を始めると、通りがかった人が立ち止まって話に加わったり。レイアウトにルールがないので、変更したモノの位置は元に戻す必要もありません。雑誌や本、花や食べ物、張り紙など、自分の好きなものを置いてもOKです。メンバーやゲストが場に能動的に働きかけて、自分にとって居心地のいい、自分のためのコーナーを作ることができます。

ラボの中には、「こうしなければならない」「こう振る舞わなければならない」という雰囲気があまりありません。場との関わりの多様性を尊重することで、みんながのびのびと、自分の好きな距離で人と関わり、自分の好きな深さで議論へのコミットメントを決められます。自由にものを置いてよい、自由に動かしていい、としていると、部屋がめちゃくちゃになるように思うかも知れませんが、実際には自分の働く場所をむちゃくちゃにする人はそうそういません。本やものがだんだんたまったり、だしっぱなしのものがあることはありますが、それを管理者が片付ける手間を差し引いても、ラボが自分の自由な場所である感覚はそれ以上に大事であると考えています。

ポイント3:ゲストを楽しませる、ストーリーのあるものたち

人々の交流のきっかけを作ったり、仲良くなるためのアイテムとして、お茶やお菓子、ちょっとしたゲームなどが一般的よく利用されます。神田ラボではそこにひと捻りいれて、「ストーリー性を持つもの」をアイスブレイクのアイテムとして利用しています。ちょっと語れるストーリーがあったり、見た人の興味や感情を引き起こして、つい隣にいる人と会話したくなるようなモノのことです。例を紹介しましょう

  • フランス人の共同研究者が持ってきた、本場のチーズとワイン
  • 最近学会に行ったラボメンバーが買ってきた、地方の変わったお菓子
  • 海外からきたゲスト研究者が「なにこれ?」と質問する、畳とこたつ
  • おもむろにおいてある、つい攻略したくなる、知恵の輪やパズル
  • 他の大学の研究者が趣味で漬けた、梅の砂糖漬け
  • メンバーがみんなに紹介したい本や漫画

「先週一緒に研究をやってるフランスのXXさんが来てね...」
「九州の学会に行ってきました。そこでこんな話をききまして...」
「この梅漬けの先生、来週講演するから梅シロップ飲みながらみんなで聴きます?」
「この漫画、XXさんが最近ハマってるみたいなんですよ。XXさんといえば...」
メンバーやゲストの個性や興味と紐づいた、ストーリーのあるアイテムがあちこちにちょっとあることで、ゲストの心に興味や好奇心が沸き起こり、自然と心の内面、気持ちとか、面白さとか興味とか価値観とか、そういうことに着目が置かれます。その結果、ラボメンバーと話をするときも、自然と形式張った話ではなく、人の心、内面に関わる話が始まり、リラックスして打ち解けた雰囲気ができやすくなっています。

ポイント4:人を良く知り、愛着を持つための交流イベント

人と人の交流を促すイベントにはいろいろな種類があり、その多くは交流すること自体が目的で、具体的にどういう効果を促したいのか明確でないことも多いと思います。神田ラボでは交流イベントの目的を明確に、「自分と違う世界観を持つ人に興味を持って、愛着を持つこと」に置いています。そのために、ラボメンバー(通称ラボメン)の個人の興味や、困りごとに関連することを中心にしてイベントを企画することが多いです。これも、具体的な例をあげてみましょう

  • 「ボルダリング会」
  • ラボにボルダリングが大好きな人がいるので、どこが面白いのか、どう楽しんでいるかを理解するために、みんなでボルダリングをしにいく
  • 「メガネ選び会」
  • 自分に似合うメガネがわからない、というラボメンバーのお悩み相談にかこつけてみんなで眼鏡屋に行って、いろんなめがねを見る、ついでに自分や他のメンバーに何が似合うか見立ててみたり、いつもはできない楽しさと興味にふれる
  • 「梅の砂糖漬け会」
  • 知り合いの研究者が送ってくれた梅を砂糖漬けにする。そして、その先生について語りながらラボのみんなで一緒に飲む
  • 「肩こり解消山登り会」
  • ラボメンの数人が運動不足で肩こりや腰痛があるので、健康増進と肩こり解消のためにみんなで低めの山に登りに行く
  • 「冷蔵庫大掃除飲み会」
  • みんなで使っている冷蔵庫が、人からもらったお土産のお酒でいっぱいになってしまったので、消費するための飲み会をするも、呼ばれたゲストがお土産にお酒を持ってきてしまって失敗
  • 「一緒に講演会を聞く会」
  • ラボメンの一人が興味のあるオンライン講演会をみんなで聞く会。会場ではできない、その場で感想を言い合ったり、ちょっと離れて議論したり、リアルタイムで瞬間の喜びや驚きを共有する。

なんとなくの飲み会や、みんなに平等なお楽しみ会ではなく、ラボメン一人一人を主役にして、その人に深く関連する理由を起点に企画を立てることがポイントです。この日はこの人のことが良くわかった、という日を各々のラボメンについて作ることで、それぞれの人について、その人の良さ、面白さ、楽しさを知り、その人の楽しさを一緒に体験できるようにしています。ラボメン一人一人に愛着をもって、お互いの価値観を理解し、尊重しているような雰囲気作りを目指しているのです。

ポイント5:ゲストが気後れしないための気配り

ラボにやってきた新しいゲストが気後れして、所在ない気持ちにならないような気配りも、神田ラボの特徴です。気配り、と言っても、大事なお客様のように扱うのとは違います。むしろその逆で、その人がまるで前からいたかのような、そこにいるのが当たり前の雰囲気を作ります。

まず、ラボ長はお互いに初めて会うゲストをメンバー全員に紹介します。人が訪れる度にやるのでなかなか手間のかかる仕事ですが、「もう一応知り合いですから、話しかけあって大丈夫ですよ」というメッセージになるので、とても重要な工程です。時には、ラボの玄関を開けて「こんにちは」と挨拶したばかりのゲストさんを手招きして、「今みんなでこんな議論してるんだけど、○○さんはどう思う?」と議論のテーブルにそのまま引っ張り込むこともあります。あるいは、時間をかけて慣れたい人や別のことをしたい人には、時々コーヒーを勧めながら少し離れた場所で話しかけたりして、議論をしている人と聞いている人の温度感が連続的につながるような場の雰囲気を作ります。

ゲストだけに注目が集まらないようにする配慮も大切です。メンバーがフォーマルに、ゲストに注目していると、ゲストには大きなプレッシャーがかかり、自分に期待されていることをやらなければいけない、期待されていることがわからないにも関わらず、そんな気持ちになり、心を開いて自由に発言、行動ができなくなります。逆に、ラボのメンバーに対してゲストがよそ者感を感じたり、「自分が入っていいのかな?乱してしまわないかな?」という心理的な負担を感じないように配慮します。負担を感じてしまうと、自分のスペースをはじっこに確保して壁を作って自分の作業に没頭したり、逆に頑張って人と仲良くなろうと過度に肩肘を張ってしまうかもしれません。ありのまま、素のままでいてもらうために、いつもいる人も新しい人もお互いに気遣いなく部屋の中でくつろげて、なおかつ、好きな濃淡で人と関わりを持てるように、ゲストの人となり、お呼びした理由に応じて関わりの作り方、距離の取り方詰め方を変えて、丁寧に働きかけています。

たとえば、自分の考えがしっかりあって、言語化も上手な人が入ってきたときは、いきなり「今こういう議論してたんだけど、どう思います?」と質問を投げかけ、一気に議論の輪の中に入れて居場所を確保したり、逆に自分のペースで進みたい人には、まずは端っこに場所をその人の確保してから個別に話しかけたり、あるいはそっとしておいて、ラボメンの誰かとちょこちょこ交流しているのを見守るとか。

少し意見を言い出すまでに時間がかかる人に対しては、少し時間をおいてから、他の雑談や議論に関して「そういえば○○さんこれ詳しいんじゃなかったでしたっけ?」と質問するようにして自然と会話に入れるとか、あるいは、お茶の時間を作って全員に振る舞うことで、お茶とお菓子をとりに、端にいた人が中央にやって来るので、そのときになんかの話題をついでに差し込み、あるいは質問して、話が始まるのを見守るとか。

なかなか動きにくい人に対しては、部屋の端までお菓子を配って歩いてラボ長が話しかけて、今まで議論していた内容をまとめて伝えて、話題のキャッチアップを手助けして、参加感を持ち上げるとか。そこにいる人との話題に出てきたことに、他の人が関連していたら、そこで二人をつないで、会話をうながすとか。オンラインで議論に参加している人がいるときは、オンラインの人がおいていかれないように、話題を用意したり、会話をうながしたり、質問したりして、少し主役になる時間を作るとか。その場の状況と、人々の性格・特質に応じて様々なパターンの介入方法を丁寧に実践しながら、実りある議論ができるような雰囲気を作っていっています。

ポイント6:規則や規範を作らない、オーガニックなラボ運営の気配り

神田ラボでは、規則や規範をなるべく作らないようにしています。唯一あるのは週1,2回の出勤日。出勤日はなるべくラボに来るようにして、その日はラボ全体のことやラボ内の交流に充てることにしています。日程はラボメン同士の調整やラボ長の都合で決まっています。出勤日もコアタイムは明確にはなく、みなさんだいたい好きな時間にきて4〜5時間を思い思いに過ごしたり、あるいは用意されていた議論や作業に参加して帰ります。ときどき用事や体調で来ない人もいます。近況報告をする会や今後の予定や方針を共有する会を開くこともあります。プロジェクトの、他の大学のメンバーと会議をしたり、情報共有をしたりすることもあります。ゲストが来る日を出勤日にして、ゲストが来た日にいろんな人がいるようにしています。

ラボ運営に必要な業務については、役割を人に固定していません。事務処理や買い物、掃除やゲストの対応など、そこにいる人がそれぞれいろいろな仕事に関わります。いろいろな作業に関わることで、ラボ全体と自分が関わっている、ラボ全体が見えている感じが作れるようにしています。また、役割や規範はあまり細かく作らないようにしています。その代わりに、日常のいろいろな決定、あるいは問題事がおきたときに、ラボメンに判断を求めます。そうすることで、ラボへの愛着や帰属意識を感じてもらいたいからです。

ラボ長の仕事は統率ではなく、カウンセラーであり、調整役です。メンバー同士が気持ちよく過ごせて、衝突が起きないように気配りをします。通常の組織では、大きな物事は上司が決定し、細かい物事はルールを決めたり、各人が行ったりしますが、神田ラボでは、大きな物事はなるべくラボ全員に意見を求め、細かいことやどうでもいいことはラボ長がどんどん決めたり仕事をお願いしたりするようにしています。

自由にふるまえて、人にあまり迷惑をかけないちょうどいいバランスの雰囲気づくりをします。10人に来てくださいと言って、8人来たら成り立つように業務を設計し、来なかった2人には他の仕事をお願いします。遅刻してもあまり迷惑がかからないようなタスク設計をしますが、遅刻すると本当にまずいものは、真剣にお願いします。仕事をする態度はじゆうでよく、畳でごろごろしながらでも、こたつに入りながらでもOK。部屋の、畳とこたつの反対側には、逆に白板と机があるかっちりとしたスペースもあります。雑調やプライベートな相談ごとは推奨。仕事が忙しいときには、部屋のはじのほうでノイズキャンセリングヘッドフォンをかけながら作業したり、今日はちょっと忙しいのでと言ったりしますが、そういう雰囲気を出している人がいたら、そもそも周りの人はあまり話しかけないものです。大切なのは、ラボの外面をきちっとすることではなく、メンバーの内面を豊かにすることです。

ポイント7:議論で内面を話してもらうための下準備

深い議論の時には、メンバーやゲストが安心して自分の価値観、興味や情熱を語ってくれることや、自分の意見を素の自分で話せる環境が必要です。関係性が深まったり、場が温まるのを待つことでもできますが、生産性を上げ、実りある議論をすぐにするために、自己紹介や研究紹介、雑談の中で、個人の内面、興味、楽しみ、価値観、研究のゴールなどに焦点を当てた質問を投げかけます。自分の興味や楽しみを話すことで、自然とその人の内面にみんなが興味を持ち、尊重します。それによって、素直に自分の考えの本質的な部分を話せるような心的状態が作られ、議論の質が飛躍的に高くなります。内面に対する質問は、例えばその人の研究の紹介をしているとき、

  • その研究のどういうところに興味がありますか、なんでそんなに熱意を持って研究できるんですか?
  • 研究をしていて楽しいこと、その研究の大好きなところはなんですか?
  • いつもどうやってそういう研究をしているんですか?それ、あなたの分野の一般的な方法なんですか?
  • その研究の価値観ってどういう感じですか? 他の分野の価値観とどうつながってるんですか?

個人の心にスポットライトを当てること、「あなたの研究テーマ」ではなく「あなたの興味・熱意・価値観」について話してもらうことがポイントです。そして、その人の考え方や発言をかたちづくるその人自身のことを深く聞くことで、その人の価値観や世界観を尊重し、その人自身と、その人の興味を自然と好きになる、そういう姿勢をラボ長やラボメンがその場で共有します。こうして、業務的ではない、利害関係に基づかない、素直にお互いに興味と楽しみを持っている関係性を作ります。

ポイント8:多様性を生かす、心理的な安全性の高い議論のための働きかけ

議論の中でも、多様な考えを持った人たちが、安心してありのままの意見を言えるように丁寧に働きかけることで、議論の進み方は大きく変わります。よく、意見を否定しないことが大事、と言いますが、神田ラボでは比較的反対意見がよく出ます。批判や反対の見立てがないと、議論は薄っぺらくなってしまいます。大事だと考えているのは、他人の意見にわがままな善悪を付けない、一面的で極端な価値付けをしない、そういうことだと考えています。その他にも、ちまたではあまり注目されていない多くの工夫を行っています。以下にその一部を紹介します。

1.「自分の話が通じない」と感じる状況を作らない
せっかく内面を開示した意見を言っても、他のメンバーが自分の意見を理解してくれない、受け入れてくれない、拍子抜けの反応しか得られないといった状況が続くと、発言者は意気消沈、あるいは不安を感じて、話しづらくなります。そうならないよう、参加者、あるいは議論のファシリテーターはどんな発言でも、なるべく、その意味の一端でも見出して、自分の言葉で言い換えるようにしています。専門外の人が理解できないような意見は、いろいろな視点や専門性から、たとえや言い換えを使って、理解できていない人に、その意味を拾い上げるチャンスを作ります。

1. 共通性を感じられる話題を選ぶ
多様な人が参加できる議論にするために、話題選びでは、物事のメカニズムや人々の心理など、どの分野の人でも貢献できる、共通性の高いテーマを選ぶようにします。共通性の中で、さらに具体性を深めるような時には、今の話題の分野と他の分野の間の、価値観やメソドロジー、考え方の違いを対比するようにして、他の分野の専門性から、今の話題の専門性がうかがい知れるようにします。イデオロギーや人格、アイデンティティといった、対立を生みやすい話題は直接的にその善悪を議論するようなことはせず、それらをメタな視点から眺める議論をするようにします。

2. 専門外のところに発言してよいという文化を作る
知らないことは話しづらい、と感じると、それが思考や相互理解のストッパーになってしまいます。それを避けるために、専門性や技術に注目するのではなく、興味や熱意、視点や考え方に注目して議論を進めるようにして、知識のあるなしに関わらず誰でも議論に貢献できるようにします。自分は専門外だが、自分の専門性から見ると、今の話題はこのように見える、のような見立てや推論を出すことで、今の話題を様々な視点から考え言葉にすることができ、これによって議論の深まりに貢献することができます。今の話題を多面的に総合的に理解し俯瞰しようとするならば、話題に関する専門性だけでなく、いろいろな専門性からくる視点があったほうが良いです。そう意識していると、メンバーは自然に専門外の人の意見を尊重するようになり、同時に、専門外の人も自身の貢献の仕方を考えるようになります。

1. 概念の理解を助ける
それでも背景知識の違いや、話し合われている概念の理解にギャップが生じる時は当然あります。理解が難しいときには、相手の専門性から、その概念がどのように見えるかを考え、想像し、ギャップがなにであるのかを分析します。そして、相手の専門性、知っていることを使って、たとえ話や、ストーリー、極端な例やすごく一般的な例などを出して、試行錯誤的にだんだんと、相手の理解の精度を高めていきます。同時に、相手がどのように理解しているか、それを取り込んでいくことで、発言内容が発展したり変わっていき、議論の中に次々視点が増え、個々人の考える力も向上していきます。

ポイント9:偶発的な出会いを大切にする

よく、神田ラボのメンバーやゲストには面白い人が多いね、どうやって人選しているの?と聞かれます。ですが、その答えは「選んでいるわけじゃなく、いつの間にかやってくる」です。もちろん面接は行いますが、集まった人たちのほとんどが、偶発的な出会いをもとにやってきています。

「偶発的」だからこそですが、神田ラボに参加したいとやってくるメンバーに共通するのは、神田ラボでできることに強い興味を持っていることです。それが、この場所とメンバーをクリエイティブにしている理由の一つかもしれません。神田ラボのメンバーがやりたいと思っていること、共通性の高い興味や気持ちは、次のようなものが多いと思います。

  1. 分野融合を通じて新しい問題を作る
  2. 自分の分野を超えて多分野の人と話す
  3. 人との関わりの中で自分の能力を100%発揮する
  4. 制約のない自由な環境でのびのびと研究する
  5. 人に自分の専門性を提供する
  6. 成長する、強くなりる
  7. 神田ラボという場所と雰囲気が好き
  8. いい雰囲気を場に提供する
こういうった要素を多く持つ方々が神田ラボにきています。メンバーになる人もいれば、たびたび議論に訪れる人もいます。そのとき、専門分野に関して優秀であるかとか、専門性のスキルや能力が高いかどうかとか、たくさんの研究成果を持っているとか、そういった点は大きくは関係ありません。大切なのは、強い興味と熱意があるかどうかで、結局質の高い議論のためには、上記のようなモチベーションのほうが大事なようです。

このようなモチベーションと気持ちがある人は、神田ラボの設計とよくなじみ、打ち解けてくれているように思います。そして、お互いに影響し合いながら、急速に自らの力を伸ばす人も多いです。議論を引っ張る、イベントを企画する、勉強会を開くメンバーも自律的に発生し、その人たちが、また新しい素敵なゲストやメンバーを連れてくるという連鎖が起こっています。