絵画やアート作品のメッセージを客観的に紐解く

 絵画やアートに込められたメッセージは、その作品に埋め込まれたモチーフや部分の関係性から導かれると考える。そうであれば、埋め込まれたモチーフや部品の関係性と、美学や認知科学などの知見を用いて、その作品が持ちうるメッセージを客観的に分析する手法が作れるのではないか考えたい。

 古くから絵画には、しばしば作品の中に秘められたメッセージが込められてきた。宗教的象徴や政治的意図、社会批評などが画面の構図やモチーフに託されることは珍しくない。近年の絵画においては、そのメッセージ性がより明確になり、むしろ特定のメッセージを伝えること自体を主目的として制作される作品も増えているように思われる。芸術作品の中でも、とりわけメディアアートは、鑑賞者に何らかの思考を促したり、特定の問題意識を提示したりすることを目的とする場合が多く、その傾向は一層顕著である。これらの作品に込められたメッセージは、基本的には作者によって定義され、その意図が伝わるように作品全体が設計されている。しかし、ここで問いが生じる。作品は本当に、鑑賞者に対してそのメッセージを伝達する機能を十分に持っているのであろうか。作者の意図や作品の構造については、ある程度妥当に記述することが可能である。しかし、その作品が鑑賞者にとってどのような経験となり、どのような意味を生み出しているのかを、客観的かつ妥当に分析することは可能なのであろうか。
 一方で、デザイン学、認知科学、心理学などの分野では、人間が視覚やその他の感覚を通じてどのような感情や認知を生起させるかについて、多くの知見が蓄積されている。これらの知見を用いれば、絵画やメディアアートがどのようなメッセージ伝達機能を持ちうるかについて、一定の範囲で分析することは可能であろう。しかし、その多くは比較的単純で初等的な現象を対象としている。たとえば「通路の右側に前向きの矢印、左側に後ろ向きの矢印が描かれていると、多くの人は前向きの矢印がある右側を選ぶ」といった傾向の分析である。このような知見は有用ではあるが、絵画やメディアアートに込められた意味的に複雑で抽象的なメッセージ、あるいは心理の深層に訴えかけるような作用を解明するには十分とは言いがたい。
 人々にメッセージを伝える媒体としては、文章や演説もある。これらについては、どのように構成すれば意図が伝わりやすくなるか、どのようにすれば説得力や妥当性を持たせられるか、どのようにすれば感情を効果的に動かせるかといった知見が豊富に蓄積されている。その代表例が修辞学である。修辞学は、言葉を美しくかつ巧みに用いて、相手に説得力をもって伝えるための表現技法や技術を研究する学問である。修辞学の基盤となっているのは、言葉やフレーズ、センテンスといった文章の要素が人間にどのような影響を与えるかという比較的単純な分析である。それらの要素を組み立て、大きな構造を形成することで、文章全体としてのメッセージ伝達機能が実現される。このように考えると、同様の枠組みを絵画やメディアアートに適用することも理論上は可能であるように思われる。
  しかし、文章と絵画とでは構造が大きく異なる。文章は線形的構造を持ち、読者は通常、冒頭から順に読み進める。その結果、各単語や各センテンスの影響は、時間的順序に沿って積み重なっていく。読者の体験の流れは、基本的には作者によって一方向的に設計されている。これに対して絵画は平面的構造を持つ。鑑賞者は全体を俯瞰的に見ることもあれば、特定の一点に視線を集中させることもある。どこから見始め、どの順番で視線を移動させるかは鑑賞者に委ねられている。したがって、体験の順序を一意に定義することは難しい。メディアアートの場合、時間的要素を含む作品では体験の順序をある程度制御できる場合もあるが、それでも文章ほど厳密ではない。この点において、文章と視覚芸術の修辞学的構造は本質的に異なる。
 文章においては、現在読んでいる語や文は、その直前あるいはそれ以前に提示された語や文との関係の中で意味を形成する。影響は基本的に前から後へと流れる。一方で、絵画における関係性はそのような時間的な一方向性ではなく、空間的・視覚的・概念的な関係として現れる。たとえば、「画面の左に男、右に女が描かれている」「男は女の方を向いている」「地面は二人の足元に位置している」「暗い背景が人物の鮮やかさを強調している」といった関係である。ここでは位置関係や対比関係、象徴的関係が重要となる。
 このように、文章の構造が線形的なストーリーとして理解できるのに対し、絵画やメディアアートの構造は空間的・全体的な構造、あるいは部分的に強い印象を与える局所的構造として理解される。これらを分析するためには、コンピュータサイエンスにおけるグラフパターン探索、構造の網羅的抽出を行うパターンマイニング、構造類似性に関する数理モデルなど、多様な情報学的手法が応用可能である。単なるグラフ構造の問題として見れば既存研究は豊富に存在する。しかし、それらの手法を実際の芸術作品の構造分析に適用した場合にどのような現象が生じるのか、どのような新たな知見が得られるのかは未解明の部分が多い。また、芸術作品に固有の概念や構造的特徴が見いだされれば、それをもとに新しい数理モデルやアルゴリズムを開発することも可能である。この課題は、コンピュータサイエンス研究者にとってきわめて魅力的である。
 このような技術が確立されれば、絵画やメディアアート研究に対しても新たな示唆を与えられるだろう。表面的には全く異なる二つの絵画が実は類似した構造を持っていることや、あるメディアアート作品とある絵画作品が共通の構造を共有していること、多数の作品に普遍的な部分構造が存在することなどを、網羅的かつ機械的に抽出できる可能性がある。機械的に抽出された構造は、人間が意図的に設計した理論とは異なり、芸術コミュニティが暗黙のうちに共有している概念や慣習を反映している可能性がある。それらを深く探究することは、個別の芸術家や作品を解釈する従来の方法とは異なる、新しい視点を提供できるかもしれない。

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