人間にできてAIにできないこと

 AIが仕事を奪うと言われる中、人間とAIの仕事の違いを顧客との対話などから抽出して概念化することで、人間がやっていることのなかで、AIでできないこと、人間しかできない仕事の本質を見出すことはできないだろうか。
 
 AIを実社会で活用しようとすると、「人間にはAIにはできない、人間らしい対応や判断ができる」という理由で、AIの利用が進まないことがよくある。たとえば自動運転については、すでに人間よりも事故を起こす可能性がかなり低くなってきていると考えられる。それでも人間の判断を、このような理由でなんとなく好ましく思うような意見もあるだろう。しかし、車の運転においては、事故を起こさないことが最優先である。そうであれば、漠然とした印象ではなく、統計的な安全性の数字に基づいて、AIが良いか人間が良いかを判断したほうがよいはずである。
 一方で、良さの基準がもう少し曖昧な分野ではどうだろうか。たとえばカウンセリングにAIを使う場合、最も的確な助言を返すという点では、AIは非常に優れているように見える。しかし、カウンセリングの目的が「本当に的確な助言をすること」だけなのかというと、実はそれほど単純ではないだろう。的確さ、論理性、合理性といった価値軸以外にも、カウンセリングには重視されている側面があるように思われる。医師の場合も、カウンセリングほどではないにせよ、病気が治る確率が統計的に最も高い方法を選べばそれでよい、というわけではないだろう。実際には、合理性や論理性以外の基準で判断が行われる場面も多いはずである。
 「AIが仕事を奪う」という文脈では、税理士、弁理士、医師など、「専門知とコミュニケーションによる職業」がAIに置き換えられるかどうかがよく議論される。しかし、AI導入の効果や必要性、AIが得意なこと、人間にしかできないことを考える際には、職種ごとの特徴が大きく異なっており、一括りにして考えるのは難しい。そこで、これらの職業をもう少し整理して考えるために、価値軸や状況の特徴ごとに分解してみたい。その際に有効な軸の一つが、「ある程度、標準的で合理的な回答が存在するかどうか」である。
 自動運転は安全第一であり、まさに標準的で合理的な運転を行うことが求められる。医師についても、「このような症状にはこのように対応する」という標準的な医療が存在する。少なくとも医師の資格を持つということは、その標準的な判断ができるということだろう。この点は、税理士や弁理士、薬剤師など、多くの士業に共通している。しかし、それらの標準的な判断を患者やクライアントに伝えるだけで仕事が完結すると考えられているわけではない。この点は、AIによる仕事の代替を議論する際に必ずと言っていいほど指摘される。しかし、士業の人々が担っている「標準的な回答以外の部分」とは、具体的に何なのだろうか。関係性の構築、個別の状況への対応、感情への配慮、信頼性など、さまざまな要素が挙げられるが、どれもありそうである一方、人間でなければ絶対にできないとも言い切れない。特に医師の場合、病気を治すという非常に大きな価値軸があるにもかかわらず、「標準的な対応だけでは不十分だ」とする議論が多く見られる。
 こうした問題を的確に考えるためには、「人間が行っていて、AIがまだ十分にできていないことは何か」を具体的に理解することが重要である。そのためには、たとえば医師の場合、人間の医師とAIの対応を比較すればよい。患者が診察時に語った内容と診察結果をAIに与えれば、AIは「何を聞くべきか」「どのように聞くべきか」を答えることができる。その内容と実際の医師の問診を比較すれば、医師が行っている独自の行為を抽出できる。その行為が、信頼関係の構築や安心感の提供など、どのような機能を持つのかを分析すればよい。
 この種の分析は通常、人手で行われる。また、客観性を高めるためには、できるだけ大規模に調査しなければならない。そうしないと、個々の医師の個性や技量に引きずられ、医師に共通する要素が見えなくなってしまう。この作業には大きな労力が必要で、多くの人の協力も求められる。このような協力を得るためには、このような分析を行う意義や価値、あるいは医学界に対する貢献などの説得力が重要であり、そのためには客観性や効率性、実現可能性に加えて、フィージビリティスタディの結果を示すことなどが求められる。
 こうした場面で、LLM(大規模言語モデル)の活用は大きな効果を発揮する。医師とAIの対応の差異、その差異が患者にもたらす価値といった点を網羅的に洗い出すことは、LLMが非常に得意とするところである。概ね妥当な結果を示してくれ、このようなタスクにおいてはハルシネーションも起きにくい。ただし、LLMは本質を捉えるような深い分析は苦手であるため、LLMが提示した観点に基づいて専門知識を持つ人間が分析を行い、その結果の量的な妥当性を再びLLMで検証する、といった役割分担が現実的だろう。
 業務におけるAI活用を考える際、AIができることについては詳細な分析が行われる一方で、人間にできること、あるいは人間が実際に行っていることの深い分析は、ほとんど行われていない。その結果、人間の作業の価値を主張しようとすると、「AIにはわからない大事なことがある」「人間にしかできないことがある」といった、具体性をブラックボックスに押し込めた説明になりがちである。これは、どちらの立場から見ても誠実とは言えないだろう。
 IT化が進んでも手書き文字が残り、オンラインコミュニケーションが普及しても対面での打ち合わせがなくならないのは、それぞれに代替しにくい価値があると社会が暗黙に理解しているからである。士業や接客業など、対話やコミュニケーションを伴う仕事も同様である。現時点では曖昧なままのその価値を明確にし、分析することは、単にAIに対する人間の優位性を示すためだけではない。患者や顧客が受け取っている価値を明らかにし、それをさらに高めることにつながるはずである。

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