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新しい学問の予想図
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ここでは、AIが登場した現在から、未来の研究の状況を想像したい。査読、著者、研究の内容、問い、研究者の評価、それらのことがどのようになるか、AIを用いた研究が進展したら、という仮定の下で考えたい。
学問、技術、社会は常に変化しており、それに合わせて各学問分野の研究のあり方や研究の問いも変わり続けてきた。そうした変化の中でも、問いを作り、考えることは研究者自身の役割だった。しかし近年のAIの急速な発展は、その考えるという営みの一部をAIが担う可能性を示している。AIによる変化は、これまでの学問の変化とは性質の異なる大きな転換になるかもしれない。
研究活動そのものにおいて、AIが強力な支援ツールになることはほぼ確実である。哲学における概念整理や定式化、数学の証明、社会科学の調査や考察など、これまで人間が行ってきた思考作業の多くをAIが支援するようになるだろう。AIが比較的低次の思考を担当するようになれば、人間はより抽象度の高い思考へと役割を移していく。その結果、研究スタイルや方法論だけでなく、研究の目的や価値付けも変化していくはずである。
問い立てについても同様である。自動実験が可能な分野や、調査や思考だけで完結する研究では、理論上はAIが問い立てから論文執筆までを自動で行うことも可能になる。そこまで至らなくても、多くの工程をAIが担当し、人間が監督する形は十分に考えられる。現在のAIは、大量の既存研究を学習して研究課題を提案できる。しかし、その多くは妥当ではあるものの、既存研究の延長線上にある問いになりやすい。既存の問いを学習している以上、これは当然とも言える。そのため、ある材料の特定の性質を調べるといった、既知の枠組みの中で研究対象を広げていくタイプの研究や、新しい対象を既存の価値観や分析枠組みで評価する研究については、AIが自動的に問いを立て、研究を進められるようになるかもしれない。
一方で、まったく新しい発想や独創的な問いを生み出すことについては、現時点ではAIに限界があるように見える。将来的な技術発展の可能性はあるが、少なくとも当面は、AIは既存研究の延長上にある問いを得意とし、人間はより本質的で抽象度の高い問いや、分野横断的な問いを担うようになるだろう。その結果、研究の問いのスタイルや研究の潮流は大きく変化するはずである。人間がより高度な問い立てに集中するようになること自体は、必ずしも悪いことではない。
むしろ大きな影響を与えそうなのは、AIによって研究の生産量が飛躍的に増えることである。AIが研究を補助・代行するようになれば、大量の論文が生成される未来が予想される。その状況では、現在のように人間だけで査読を行うことは難しくなるだろう。査読にもAIが導入され、人間は監督役になると考えられる。しかし、人間がAIの査読結果を根本から覆そうとすると、結局は査読をやり直すことになる。AIの評価に重大な問題がない限り、人間が異なる判断を下すことは容易ではない。そのため、実質的にはAIが査読を行い、人間が確認するという形に近づいていくだろう。
さらに考えると、AIによる査読が一般化した社会では、そもそも事前査読そのものが不要になる可能性もある。AIがあれば、誰でも好きな論文に対して、その場で査読を実行できるからである。そうであれば、論文を掲載前に選別する必要はなくなる。社会的に問題のあるものだけを除外し、それ以外は査読結果を添付した状態で公開すればよい。利用者は自分の関心や価値観に合わせて査読条件を変更し、論文を評価できるようになるかもしれない。
現在の学術システムでは、各分野のディシプリンや価値観に基づいて査読された論文だけが流通している。しかし利用者自身が査読基準を設定し、その下で査読を通過するような論文を選べるようになれば、あらかじめ特定の価値観で選別された論文だけを読む必要はなくなるだろう。そのような状況では、単に査読結果を付けただけで全ての論文を掲載する場所や、査読前の論文が集まる場所が知識流通の中心になる可能性がある。実際、AI分野ではプレプリントサーバーである arXiv が重要な役割を果たしており、多くの研究者が論文誌よりも最新のプレプリントを追いかけている。
このような世界では、一つ一つの論文が完全に正しくある必要はないかもしれない。重要なのは、多数の論文を通じて全体として妥当な知識体系が形成されることである。個々の論文は誤りを含んでいても、関連する研究との整合性や相互参照を通じて、全体として知識のネットワークが構築される。この状態は、個々のデータよりも全体の傾向を重視するビッグデータ分析の考え方にも似ている。
そのため今後は、個々の論文だけでなく、論文同士の関係性や知識ネットワーク全体を用いて妥当性を評価する技術が重要になるだろう。AIを活用して、研究成果同士の整合性や構造的な類似性を分析する方法の発展が求められる。また、論文そのものを厳密に検証するだけでなく、多数の論文から知識体系を構築する作業をAIに支援してもらう方向も考えられる。AIは個々の細かな誤りにとらわれず、全体として妥当な理解をまとめることが比較的得意である。その結果を参考にしながら、人間が自らの視点や解釈を加えて知識体系を構築していくことも可能だろう。
こうした変化が進むと、個々の論文の正確性や完成度だけでなく、研究全体のネットワークの中での位置づけや価値が重視されるようになる。また、AIが研究作業の多くを担うようになれば、研究者個人のオーサーシップも現在より弱まる可能性がある。その結果、研究者の評価方法も変わるだろう。ファーストオーサー論文の数だけでなく、どのような研究者と協力し、どのようなプロジェクトに関わったかが重要になる。これは企業や産業界で一般的な評価のあり方に近い。さらに、研究者ネットワークの構築や運営、コミュニティ形成への貢献も重要な評価対象になるかもしれない。ただし、単に人脈を持っていることが評価されるのではなく、そのネットワークを通じてどのような価値を生み出したかが問われるだろう。
こうした状況では、博士審査をはじめとする研究者評価も難しくなる。業績だけでなく、リーダーシップやコミュニティへの貢献、研究者としての存在感など、定量化しにくい要素が重要になるからである。そのため、研究者の活動やネットワークを可視化・分析する計算的手法が補助的に活用される可能性がある。ただし、その結果をそのまま評価に用いるのではなく、人間の判断を支援するための道具として使うべきだろう。
では、そのような時代に研究者は何を担うのだろうか。定型的な作業や既存知識の組み合わせによる思考は、AIやロボットが担当するようになるだろう。人間は、研究の方向性を決めたり、成果に意味を与えたり、社会へ発信したりする役割を担うことになる。つまり研究者の価値は、問い立てや価値創造、解釈や意味づけといったアートの部分により強く現れるようになる。自明ではない問いを立てること、自明ではない価値を見出すこと、世界を新しい視点で捉えることが重要になる。言い換えれば、人間の研究者が必要とされるのは、好奇心や問題意識を持つこと、新しい価値を発見して意味づけること、社会や人間にとって何が重要かを考えることなど、人間の主観が不可欠な領域である。
これまで研究者の強みは、一つのテーマを深く掘り下げる能力にあると考えられてきた。しかしAIの登場によって、単に深く掘り下げるだけでは独自性になりにくくなる。その人にしか生み出せない視点や発想が求められるようになるだろう。その源泉となるのが、研究者自身の思想や世界観である。ここでいう思想や世界観とは、視点や着眼点、価値観や倫理観、概念の作り方、問題解決の戦略などを含む広い意味での思考体系を指す。研究の問いの独創性や分析の鋭さは、こうした思想や世界観から生まれる。そのため、今後の研究者には、自らの思想や世界観を育てていくことがより重要になるだろう。そして、その形成には外部からの刺激が欠かせない。論文や書籍を読むだけでなく、実際の経験を積むこと、他者と議論すること、自分とは異なる視点や価値観に触れることが重要になる。特に、自分とは異なる立場や世界観を持つ人々との対話は、自身の考えを広げる大きな契機になるはずである。
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