AI技術を使った新しいシステムの効果の分析

 生成AIを使ってキャラクター、映像、文章などを作り、学習や創造性などに高い効果を示すシステムが誕生しつつある。果たしてそのシステムは設計者がデザインした、あるいは宣伝文句がうたう効果の原理で得られているのか、効果の発生メカニズムを人文学の知見を使って分析したい。

 近年、生成AIは劇的な進化を遂げている。それに伴い、AIを活用した教材や、絵や文章の制作を支援するシステムが数多く提案され、実際にアプリとして公開されているものも多い。このようなシステムでは、AIを多様な形で活用し、斬新な仕組みを組み込むことによって、学習効果や学習の持続性を高めること、創造性を向上させること、さらには知的活動そのものへの興味を喚起し、体験を促すことなどが効果としてうたわれている。実際に流行している状況を見る限り、一定の効果があることは否定できないであろう。しかし、それらの成果が、宣伝で述べられているように、システムに組み込まれた仕掛けそのものの直接的な作用によって生じているのかどうかは明らかではない。
 たとえば、ユーザが思い描いたイメージをもとに、AIが絵の制作を支援してくれるアプリを想定してみる。このアプリでは、まずユーザがラフな下描きを行い、その修正点を指示すると、AIがその指示に従って絵を修正する。この仕組みによって、ユーザの作品の質は大きく向上し、作業も容易になる。その結果、絵を描くことの心理的ハードルが下がり、多くの人が絵に興味を持ち、好きになるという効果がうたわれているとする。しかし、この主張は本当に妥当であろうか。
 単に絵を完成させることが目的であれば、ユーザが自分で描くよりも、最初からイメージをAIに伝えて生成してもらったほうが早く、しかも完成度が高い場合もある。しかし、そのような方法が絵を描くことの楽しさや絵への興味を育てるかといえば、必ずしもそうとは限らない。容易にできてしまうために飽きてしまう、実際に自分が描いているという実感が薄い、自分の想定以上に完成度の高い作品ができてしまいかえって違和感を覚える、といった否定的な感想も考えられる。実際には、否定的に感じる人よりも肯定的に感じる人のほうが多いからこそ、アプリとして成功しているのであろう。しかし、それだけでは、なぜ興味を持てたのか、あるいは持てなかったのかという原因の説明にはなっていない。
 もし、どのようにして人が絵に興味を持つのか、その具体的な理由や過程を明らかにしたいのであれば、まずユーザが実際にどのようにシステムを利用し、どのような経緯で興味を深めていったのか、その過程をモデル化する必要がある。単に「簡単に絵を描ける体験をすると興味を持つ」といった単純な図式では不十分である。どのような作業を行い、その過程でどのような感覚や気づきを得て、どのように考えを巡らせ、次の行動を選択し、その結果どのような面白さを感じ、それをどのように繰り返すことで徐々に興味が形成されていくのか、といった詳細なストーリーを描く必要がある。もちろん、すべての人が同じ過程をたどるわけではない。しかし、典型的で想定可能ないくつかのストーリーを用意することはできるはずである。そして、それぞれのストーリーを構成する要素が妥当であるかどうかを検討し、検証することは、システム全体の有効性を漠然と評価するよりも、はるかに明確で具体的な課題となるであろう。
 このような分析やストーリー構築を行うためには、そもそも人がどのように物事に興味を持ち、どのように楽しさを見いだすのかという過程を、個別具体的な事例ではなく、概念的な枠組みとして記述できるようにならなければならない。右側に描かれた猫と左側の犬を比べて少し違うなと思った、のような具体例は理解しやすいが、一般性に欠ける。他者が同じ行為を行ったときに同様の心の動きが生じるかどうかは保証されない。一方で、概念的に記述すれば、たとえば「失敗した際に原因と改善方法が理解しやすくなり、自分の目指す成果のイメージをつかみやすくなる」といった形で、多様な事例やユーザに共通する構造として捉えることが可能になる。
 このように、興味を持つ過程を分解して考察するには、エンジニアリング分野における一般的なユーザ分析だけでは不十分である。しかし、この問題を直接的に扱う研究分野も明確には存在しないように思われる。関連する分野としてまず挙げられるのは、思考や感情、行動の概念化を主題の一つとする哲学である。哲学は概念構築において高い専門性を有するが、個別具体的な行為を詳細に調査することはあまり行わず、特殊性の高い事例を扱うことも多くない。一方で、個々人の具体的な行為を調査・分析する方法としては、人類学や社会学におけるインタビュー手法がある。これらは、人の行動や思考を質的に詳細に聞き取る技術を持っている。試行錯誤や興味関心そのものを直接対象とする研究は多くないかもしれないが、深く聞き取る方法論自体は活用可能であろう。また、興味や関心といった心の動きについては、心理学や認知心理学の研究が存在する。ただし、これらの分野で扱われるのは比較的基礎的な心的過程であることが多く、ここで問題としているような複雑なプロセス全体を扱うことは少ない。しかし、ストーリーを構成する要素レベルの知見は得られるであろう。
 いずれにせよ、この種の研究における最大の難しさは、人間が瞬間的に行っている思考の流れを丁寧に分解し、それを言語化する点にある。自らの思考過程をここまで自覚的に振り返ることができる人は多くない。また、それができたとしても、客観的に正確な形で分解できているかどうかは不明であり、思い違いが含まれている可能性もある。したがって、インタビューによって思い違いをできる限り排除しつつ、当人の主観的な思考の動きを保持しながら、客観的な形式で記述することが求められる。このような試みそのものが、新たな研究の形へと発展していく可能性を持っているのである。

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