裁判過程において、裁判官が行っている知的作業としては、大きく分けると事実認定過程、あてはめ過程、判決推論過程に分けられる。事実認定過程とは、証拠から事件で実際に起きた事実を認定する過程であり、あてはめ過程は、その事実を法律要件に対応させる過程であり、判決推論過程とは、事実レベルに対応する法律要件の真偽値と法律の条文または判例を用いて判決を行う過程である。さらに、裁判においては、原告・被告、検察・被告人という対立構造があったり、裁判員裁判において裁判員が関与したりするため、裁判官は、訴訟手続の中で、訴訟当事者とのやりとりを通じて争点を確定し、判断を行い、紛争を解決する。上記のような裁判過程においては、人間のさまざまな複雑な高次推論が実行されており、人工知能による支援によって、より正確で迅速な高次推論の実現が可能と考えられるし、人工知能の応用として、裁判過程の支援は非常に重要なものであると考える。
以上の背景を踏まえ、本研究の目的として以下を設定する。
上記の裁判過程の3 つの過程について、それぞれ以下の基盤技術を用いて高次推論を行って支援するシステムおよび、各過程での争点を議論学を用いて解析するシステムを開発する。
1. ベイジアンネットワークに基づいた証拠推論を用いた事実認定過程支援システム
2. 自然言語処理に基づいたあてはめルールの獲得によるあてはめ過程支援システム
3. 既開発の民法要件事実推論システムPROLEG を拡張し、刑事裁判や行政裁判へも応用できる判決推論過程支援システム
4. 各過程の争点の議論学(argumentation theory)に基づく議論解析支援システム
研究期間は5年とし,平成29 年度は、裁判過程の各過程および、議論解析について、それぞれのテーマについての検討を行うとともに、法学者グループは、各過程に共通に使える仮想裁判例について検討する。令和元年度は、プロトタイプシステムの構築を行い、法学者グループが作成した仮想裁判例について動作を確認する。令和2年度は、各システムを統合し、仮想裁判例全体の総合的な解決ができるか検証し、法学者グループは、このようなシステムが信頼されるための法的正統性の根拠について検討する。令和3年度は、実際の複数の事件(民事、刑事両方含む)についてこのシステムを適用する。平成33 年度には、実際に、弁護士等に試用をお願いし、実用性について検証を行う。
この研究が成功すれば、裁判処理のシミュレーションが可能になり、高機能化することで、司法システムの効率化が図られるとともに、裁判官の推論が精緻化し、司法制度への信頼も深まるといえる。このように、国民にとって司法制度へのアクセスが容易になるとともに、判決への信頼度が高まることで、法による紛争解決が図られる適正な社会(法化社会)が生まれると期待できる。
研究代表者
佐藤 健 国立情報学研究所・情報学プリンシプル研究系・教授
論理プログラミングによる判決推論の支援
研究分担者
狩野 芳伸 静岡大学・情報学部・准教授
自然言語処理による法的情報抽出・あてはめ支援
本村 陽一 国立研究開発法人産業技術総合研究所・人工知能研究センター・首席研究員
ベイジアンネットワークによる事実認定推論の支援
高橋 和子 関西学院大学・理工学部・教授
議論学による裁判における議論の支援
西貝 小名都 首都大学東京・社会科学研究科・准教授(平成30年7月まで)
太田 勝造 明治大学・法学部・専任教授(平成30年8月より)
法学者による支援システムの評価および社会への受容性検討
「裁判過程における人工知能による高次推論支援」研究の概要PDF
"Advanced Reasoning Support for Judicial Judgment by Artificial Intelligence", Summary PDF
お問合せは、国立情報学研究所 佐藤 健(ksatoh[at]nii.ac.jp)までメールをお送りください。