日本学術振興会 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B) 2022〜

A02: 手話班

手話言語におけるイコンとインデックスを対象としたマルチモーダル記号論の構築

手話とはどのような言語でしょうか?手話の言語理論はいま世界中で議論が進められています.私たちは,手話言語独自のマルチモーダル記号論を確立し,「次世代手話コーパス」を開発し,みなさんと共有することを目指します.

手話班の研究紹介

しるす
手話言語固有のマルチモーダル記号論の確立に向けて 手話言語固有のマルチモーダル記号論の確立に向けて
  • 手話言語には、記号と対象が恣意的に結ばれたシンボルだけではなく、類像性を伴う描写手話表現(ds:depicting sign)や類別辞表現(cl:classifier)と呼ばれるものがあり、手話母語話者はこれらを巧みに用いることで表現豊かな手話を産出しています。しかし、これまでの記号と意味を1対1で表示するオンライン辞書データベースでは、そのマルチモーダル記号性を表現することが不足しています。そこで、わたしたちは手話母語話者の言語活動に関する直観や認知に則した新しい理論を確立する可能性を探ります。
  • 手話言語独自のマルチモーダル記号論の確立可能性を証明するための研究活動

  • 1.多視点の分析を通した豊かな手話言語分析

    言語学を構成する統語論・意味論・語用論、加えて話者であるろう者学を取り入れた多視点の分析を通して、ろう当事者の言語感覚を加えた豊かな手話言語の分析手法を確立し、手話言語の類像性と指標性の記号論的記述を試みます。

  • 2.手話言語の独自性を取り入れた新しい記号論の構築

    手話言語は類像性の豊かな言語であり、その意味論を整理するためには、シンボル性に偏向し類像性を捨象した従来のフレームワークを基礎から見直し、刷新する必要があります。そこで、わたしたちは、部分の意味から全体の意味の計算法を特定する構成的意味論(compositional semantics)に焦点を当て、手話言語の独自制を組み込んだ新しい記号論を構築します。
  • 3.手話語彙および手話表現の整理

    欧州でよく⽤いられているSignbankは1対1で記号と意味を表示し、シンボル的側面を強調しています。しかし、手話語彙は文脈によって指標的に定められたり、類像的にいくつの意味にも理解可能な表現で構成されたりしています。わたしたちはマルチモーダル記号論の確立を通し、手話語彙および手話表現全体を整理していきます。
手話母語話者に焦点を当てた『日本手話危機言語コーパス』の構築 手話母語話者に焦点を当てた『日本手話危機言語コーパス』の構築
  • 人工内耳の発展・普及による手話言語の使用率の低下や、聴者の両親が日本手話を知らないという現状があるため、日本手話を母語として確立することは難しくなっています。本研究では日本手話を消滅の恐れのある危機言語とみなし、対象を手話母語話者に絞った『日本手話危機言語コーパス』を次世代手話コーパスとして新しく構築します。
手話班 研究者紹介 手話班 研究者紹介
  • わたしたちは、言語学の統語論、意味論、語用論の専門家、当事者として研究する手話言語学・ろう者学の専門家、手話言語のAI技術を開発する専門家で構成されます。この分野において今最も熱いメンバーを集めました。私と長年一緒に研究してきた方、今回初めて一緒に仕事させていただく方が入り混じり、みなで切磋琢磨しながら新しい手話研究を確立しようとしています。
  • 坊農 真弓 (聴者)(Mayumi Bono)

    国立情報学研究所 准教授
    研究代表者

    1. 専門について
    専門は何かと聞かれるとコミュニケーション科学と答えるようにしています。私の大学院の専攻名がこの名前でした。コミュニケーション科学は確立された研究分野ではありません。私はこの専門名を名乗り、既存の研究分野に捉われず自由に手話会話分析の方法を確立することを目指しています。

    2. この研究チームでの役割
    私は代表者を務めています。実際、私がしていることは、次世代手話コーパスを創ること、手話言語研究からみた「マルチモーダル記号論」を提案することです。そのほか、具体的な活動として、読書会を企画したり、領域でのイベントにA02としてどのように関わっていくかを考えたりしています。A02は聴者とろう者が半々のチームなので、手話通訳をコーディネートするなど、当事者の声を領域全体に届かせる役割を担っています。

    3. 手話言語とAI
    手話言語コーパスの構築過程には、データ収録、アノテーションがあります。データとアノテーションがあれば手話言語を知らない研究者もデータにアクセスすることが可能になります。アノテーションは手話言語を深く知れるとてもいい機会です。アノテーションに集中する時間は私にとってかけがえのないものでした。しかし、近年いろいろな仕事が増えてきて、一日中アノテーションだけをすることは難しくなってきました。そこで、猫の手を借りるつもりでAIに頼れないかと考えています。私たちが10年以上の歳月をかけてデータに付与してきたアノテーションを学習データとすれば、類似した手話動作をAIが私たちの代わりにアノテーションしてくれたらどれだけ素晴らしいでしょう。そんな期待をしています。

  • 原田 なをみ (聴者) (Naomi Harada)

    東京都立大学 教授
    研究分担者

    1. 専門について
    Theoretical linguistics; comparative syntax with a particular focus on Case, linearization, and the interface pheomena (the PF/LF issues)
    2. この研究チームでの役割
    Analyzing the syntactic aspects of signed language data

    3. 手話言語とAI
    Sign languages, as part of natural language, should be accountable within the framework of generative grammar. How signed languages are related to AI depends on which aspect of the languages one chooses to analyze; if one choose to explore the knowledge of the native signers, AI has nothing to do with research projects along such a line. On the other hand, if one wishes to handle the so-called "E-language" aspects of signed languages (in the sense of Chomsky 1986), AI may play a certain role in analyzing the string of symbols of those languages.
  • 藤川 直也 (聴者) (Naoya Fujikawa)

    東京大学 准教授
    研究分担者

    1. 専門について
    言語哲学、意味論、語用論です。最近はとくに言語科学基礎論と応用言語哲学に関心をもって研究をしています。

    2. この研究チームでの役割
    基礎理論のうち、意味論の部分を担当しています。自然言語に対する従来の形式意味論は、言葉の意味においてイコン性が果たす役割を十分に評価してきませんでした。手話言語がもつ豊かなイコン性に着目することで、イコン性を取り込んだ意味の新たな基礎理論を構築することを目指します。

    3. 身体記号学への期待
    身体記号学はそのマルチモダリティへの着目や分野横断性によって、従来見逃されてきた意味の新たな側面を明らかにし、書き言葉中心に進められてきた自然言語の意味研究を新たな次元に引き上げる理論的土台になると期待しています。
  • 大杉 豊 (ろう者) (Yutaka Osugi)

    筑波技術大学 教授
    研究分担者

    1. 専門について

    2. この研究チームでの役割

    3. 身体記号学への期待

  • 相良 啓子 (ろう者)  (Keiko Sagara)

    国立国語研究所 研究系 特別研究員
    研究分担者

    1. 専門について
    専門は、手話類型論、歴史言語学です。日本手話と、歴史的に関係のある韓国手話、台湾手話の言語変化に関する研究を進めています。

    2. この研究チームでの役割
    このチームでの役割は、自身の専門分野を活かしつつ、次世代手話コーパスのデータを用いた手話言語学の基盤研究に貢献することです。

    3. 身体記号学への期待
    日本手話、台湾手話、韓国手話には、各国の身振りからの影響を受けて変化したとみられる語があります。たとえば、第一人称「わたし」の表現は、人差し指で鼻を指すもの、人差し指を胸に当てるもの、手のひらを広げ、胸にあてるものがあるが、それぞれ、各国の身振りがもとになって発達した経緯が観察されています。手話と身振りが異なることは明らかである一方で、それぞれの関係性を掘り下げていくことによって、身体記号学研究が深まっていくのではないかと期待しています。
  • Victor SKOBOV (聴者)

    総合研究大学院大学 大学院生
    研究協力者(2022-2024)

    1. 専門について
    深層学習技術

    2. この研究チームでの役割
    Victor, the PhD student, played a pivotal role in our research project. His primary focus was on developing innovative methods for sign language data collection, harnessing the capabilities of Zoom conferencing and 360-degree cameras. This involved not only conceptualizing the methodologies but also executing them effectively. Additionally, Victor took charge of the development and upkeep of the data collection server, ensuring smooth operations throughout the project lifecycle. His technical expertise and dedication were instrumental in advancing our research objectives, paving the way for breakthroughs in understanding and documenting sign language communication.

    3. 手話言語とAI
    In the realm of linguistic research on sign languages, technology, and AI hold immense promise beyond mere recognition and translation tasks. By harnessing these tools, researchers can navigate corpora with unprecedented ease, uncovering hidden linguistic phenomena and nuances. AI-driven algorithms can aid in the systematic analysis of sign language structures, facilitating the identification of grammatical patterns and semantic variations. Moreover, innovative applications of technology enable researchers to conduct large-scale experiments, testing hypotheses and theories with greater efficiency. With these advancements, the door opens to a deeper understanding of sign languages, empowering linguists to redefine linguistic paradigms and contribute to inclusive communication solutions. As technology continues to evolve, so too does the potential for transformative breakthroughs in sign language research, paving the way for a future where linguistic diversity is celebrated and understood more comprehensively than ever before.
  • 岡田智裕(ろう者)(Tomohiro Okada)

    国立情報学研究所 技術補佐員
    研究協力者

    1. 専門について
    コーパスデータ管理、データ収録デザイン

    2. この研究チームでの役割
    博士課程の学生である岡田は、日本手話話し言葉コーパスのマニュアル整理作業と、次世代手話コーパスの手話データ収録のデザインを担当した。そして、2024年度は収録し終えた次世代手話コーパスのデータの管理とアノテーション作業を担当するとともに、手話会話における様々な現象を分析し、学会発表や論文を提出する予定である。

    3. 身体記号学への期待
    次世代手話コーパスは、従来の日本手話話し言葉コーパスの収録手法と比べて低コストかつ、容易に収録しやすくなった。収録手法にはまだまだ改善点が多くあるが、次世代手話コーパスで収録したデータは想像以上によいデータが次々と集まっている。どのように分析するかについては2024年度中に方針を決定する予定であるが、これまでに提唱された理論を裏付けるような分析結果が得られるのではと期待している。

  • 平英司(聴者) (Eiji Taira)

    国立情報学研究所 特任研究員
    研究協力者(2022-2024)

    1. 専門について
    私は、長年日本手話と日本語のバイリンガリズムについて研究してきました。日本手話と日本語、ろう者と聴者の交わることで何が起きているのかに興味があります。

    2. この研究チームでの役割
    主に手話データの収集や収集したデータや手話のコーパスを活用した研究を検討したり(例えば、類義語の研究など)ということを行っています。他にはミーティングや先行研究の読書会の調整などです。

    3. 身体記号学への期待
    将来的にAIを用いることで、手話の分からない人も手話の動きをまねることでその手話の意味を検索できたり、その語彙の用例や共起語まで検索できるようになることを期待しています。すでに画像から類似の情報を検索できる時代なので、上記のこともそう遠くない将来に実現できるのではないかと期待しています。
    また、語彙単位でなく、文単位でも検索できるようになれば、単純な手話→日本語翻訳にもつながると期待しています。
  • 那須映里(ろう者)(Eri Nasu)

    ろう文化・ろうコミュニティアドバイザー
    1. 専門について

    2. この研究チームでの役割

    3. 身体記号学への期待
用語集(五十音順) 用語集(五十音順)
  • 指標性(インデックス):言葉や記号が特定の対象や場所、つまり、話者や聞き手が共通の理解を持っている対象や場所を指し示す手段として機能する能力を示します。

  • 日本手話:日本手話は、日本のろう者コミュニティで使用される手話言語であり、手の動き、位置、表情などを使って意思疎通を行います。日本手話には独自の文法や表現方法があり、ろう者の母語話者によって継承されます。

  • 類像性(イコン):対象そのものをかたどった記号であり、言葉や記号がその意味や表現するものと似ている性質を持つことを指し、そのため、言葉や記号の意味を理解しやすくします。

  • ろう者学:英語の「Deaf Studies(デフスタディーズ)」を日本語に訳した名称です。この学問は、ろう者、難聴者、盲ろう者、および彼らを取り巻く人々が過去から現在に至るまでたどってきた歴史を探求するだけでなく、手話やろう文化、ろう教育、人権など、さまざまな領域を横断しつつ、聴こえの状況に焦点を当てるのではなく、言語文化的な視点からろう難聴の生き方や考え方に関する研究を行います。

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